あまのじゃくか、アイデンティティか

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私はなんとなく、自分のことを“こうですよね”って決めつけられるのがすごい嫌なんです。

例えば血液型がA型だから几帳面とか、しし座生まれだと目立ちたがり屋だとか、最近だとあなたのMBTIタイプは〜だから、こういうことあるんじゃない?とか、
確かにその一面がある時もあるし、ピンとこない時もあって。
有名なものは結構当てはまってる時もあるけど、それを押し付けられる感じがすごい嫌だなぁって思っちゃって。

でもややこしいのが、逆に私のことを分かってくれていてありがたい、みたいな時もありますよね。
私が何も言わなくても、私のことをこういう人だ、って認識してくれてるからありがたいみたいな。

MBTIにしてもそういったタイプ論と呼ばれるものは、本来はそっちに使っていけたらいいなぁと思うんですよね。

あと私がタイプ論を学んでよかった1番大きな理由としては、自分と他人ってこんなに思ってること違うんだって気づけたことです。

「(こんな普通のことが)どうして伝わらないの?」とか、「なんでそういうこと言うの!?」みたいなこと(どちらも以前の私の発言です😂)が、
そもそもの思考の仕方が違うから、これがその人にとっての普通じゃないんだ…!とか、
私がこう捉えてることが相手にも伝わってると(無意識に)思ってた…とか、
逆に、相手にとっての”当たり前”を私ができてない、知らないみたいなことがあって。

いわゆる相性っていうものもあってすれ違いが起きたりすると思うんですけど、
それが「あ、もともと違うタイプなんだ」って分かってからは衝突しそうになった時に気付いたり、先に予防線が張れたりして、すれ違いが起きにくくなるなぁっていう、実経験もあったんですよね。

例えば、
『あんまり感情を重視してない友達や恋人に感情的な話をして響かなくても、私に興味ないんだ…って落ち込む必要はない』
というようなこととかです。

分かりやすいのはMBTIなんですけど、
これが逆に思考タイプ(主にT)の人が感情タイプ(主にF)の人に論理的に説得しても、
感情タイプからは「理屈はそうかもしれないけど感情ってあるじゃん」っていう風な反応されるんですよね。
…はい、したんですよね。感情タイプ側が私のことなんですけど笑

これってなんかどっちが良い悪いとかじゃなくてそれぞれの個性だと思っていて。

性格というか、個性というか。
そう思う世界観、そういうものとして生きてきたのであって、
否定も肯定もされるものじゃないと思うんですよね。

“そういうもの”とか、”ただそれがある”っていう風に捉えると、
私が間違ってたんじゃないんだって救われたんです。

ただその人と根本的な考え方が違うだけだ、って分かるようになったので、
私はそのタイプ論を学んでよかったなぁって思うんですよね。

なので、人をタイプ分けするって言うとなんかディストピア感というか、
ちょっとネガティブな印象に聞こえるかもしれないんですけど、
私にとってはポジティブなニュアンスで、それを皆さんにも体験してもらいたいなぁと。

自分ってこういうタイプなんだって知ることで、他の人はこうじゃないんだとかも、相対的に知ることができるんですよね。

相対的に知るためには、まず絶対的である自分を知る必要があって、
心理学的な話ですけど、人間は”知れば知るほど愛着が湧く”って言う性質があるので、
自分のことも知れば知るほど愛着が湧くんですね。

私は小さい時から自己肯定感が低いタイプだったんですけど、
最近はこんな自分悪くないなって思うようになっていて。

それはタイプ論だったり、占いだったり個性心理学だったりそういったもので自分のことを知っていくに連れて、自分に愛着が湧いてきたんだなぁって感じています。

客観的に見れば正社員でプログラマーしたときの方が安定した収入を得られて幸せに見えたかもしれないです。
でも私は今そういった正社員のように決まったお給料が毎月入らないような状態でも、休みの日に会社に行きたくないと泣いていたあの時の自分よりも好きなんですよね。

それはやっぱり自分に対して愛着が湧いてるなぁって思ってます。
なので皆さんにも自分のこと知ってもらいたい、自分って意外と悪くないかもって思ってもらいたいなと思って、
タイプ論や占いだったりそういったものに触れる機会になるような活動をしていきたいと考え、
まずはこのnoteから書き始めました。

私の活動が、どなたかがご自分のことを知る機会の一助になりましたら幸いです。
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