方法そのものが目的になっていないか?

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コラム
これは私自身の課題でもあるのですが、今回は方法と目的の関係について考えていきたいと思います。
ではその関係とは何でしょうか?
それは目的があって初めて意味のあるものとして成り立つものだと考えます。

私は小中高と野球を部活でやってました。それを今振り返ってみると結構後悔している事があって、ちゃんと目的観をもって練習していれば良かったなと後悔してます。今ちょうどとあるバレーのアニメに夫婦で見ててその時の事を思い出しながら、あるいは重ね合わせてみている事が多く、

選手個人のやる目的はそれぞれ違ってても、試合に勝つという事は一致しています。

私が野球をやってきて一番感じている事はどれだけ試合を想定して練習をしてきたかを考えます。

それは練習そのものが目的になっていないか?という事です
そして野球は本当にやりたかった事だったのか?という事です。

野球を始めたきっかけは、小学校3年にして痩せたいと思ってたのと兄がやっていた事の影響で始めました。痩せたいが目的なら別に野球じゃなくてもよかったのです。ただ兄と父親の影響はあって、どちらも野球が好きなようだったので、私もちょっとやってみようと思っていました。

いざやってみると練習はきついし、今振り返っても正直あんまりおもしろいとは残念ながら思いませんでした。

私は過去の自分に言いたい事があるとすれば自分の心に正直になったら良いよねと伝えたいと思います。ちなみにコーチングの目的達成のために使用するスキルの中にそういった場面があります。

今私がやっているコーチングも言うなれば、無数に存在する方法の1つに過ぎないのです。しかしあなたの解決したい事、目的達成のための過程に、コーチングが役に立てば幸いです。


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