ハラスメントという言葉への複雑な思い
初対面の人とハラスメント問題について雑談をしますと、
「今の世の中、なんでもかんでもハラスメントだって気にし過ぎだよね。」
みたいなお話になります。
でも、
「私、ハラスメント対策のアドバイスしています。」
という話をすると、
「え~」
と、気まずいような反応をされることが多いです。
続いて私が、
「おっしゃるとおり世の中全体でハラスメントを気にし過ぎなんですよ。」
と言うと、皆さん、ホッとしたような表情になると同時に「!?」という感じになります。
ハラスメントに詳しい人 = ハラスメントに対して厳しい人
と思ってしまうのは無理もないことです。
そして、「ハラスメントを気にしすぎだよ。」
と思っている人は密かに多いのですが、それを口にすることには勇気が必要なのですね。
私のような昭和世代の男性だと、その傾向はかなり強くなります。
ハラスメントを気にする意味はない
というわけで、私が「ハラスメント対策の専門家」だと名乗れば名乗るほど、私は誤解されます。
ハラスメントの境界線に詳しくて、ハラスメントをした人に対して厳しいことを言う人
だと、とりあえず思われてしまうのです。
まあ、それはさておき。
私がハラスメントトラブルにおいて、
「ハラスメントの境界線は気にしないで~」
と言うのは無駄だからです。
ハラスメントかどうかを気にしてもメリットがありません。
でも、そういうことを堂々と言う人はなかなかいませんね。
「ハラスメント問題の専門家です」と名乗っている人のなかでは、まずいない。
でも、本当のことだから仕方がないし、現に多くの人たちが、
「ハラスメント気にし過ぎじゃない?」
と感じているのです。
自分の感覚をもっと信じましょう。そして、専門家とか権威ある人たちのことを疑いましょう。
みんなで勘違いをしているから
みなさん、とんでもない勘違いをしています。
「ハラスメントの境界線を気にする意味は?」
「ハラスメントを気にすると何かいいことがありますか?」
と質問すると、多くの皆さんが
「そんなこと考えたことがなかった。」
という人もいます。
人としてやっちゃいけないことだからね。
なんていう人は、あまりいません。
むしろ多いのは、
「人によって感じ方が違うんだよ。」
というハラスメントの境界線を意識することへの違和感を表明するご意見です。
「そうですよ。人によって感じ方が違うのですよ。じゃあ、どうしてハラスメントかどうかを気にするの?」
皆さん、
「・・・・」
となります。
つまり、ハラスメント問題が実にやっかいな問題であるのは、皆さんがハラスメント問題について考えていないのに、「思い込み」だけはあるということです。
思い込みに早く気がついて
私はハラスメントトラブルを円満に解決するアドバイスをしてきましたが、その障害になるのは、こういった思い込みです。
ハラスメントが起きたら処罰するのが当然
そのためには事実の特定と証拠が必要
でも、私は過去、事実や証拠にこだわったことは一度もありませんが、たいてい無難に処理できました。
ほかの専門家の皆さんはいったい何をしているのでしょう?
たぶん、たくさんの無駄なことを皆さんに、会社に、加害者に、被害者に、周囲にさせているのだろうな、と思います。
トラブルの円満解決なんて無理
そんなことを考えるのも無駄
こういう普通の人の心理が、私の活動の機会をさまたげ、私に対する誤解や偏見を生み、円満解決への道を閉ざします。
「みんなハラスメントを気にしすぎだよ」
と思っている人。
その人自身がハラスメントを「気にしすぎ」だったりしませんか。
一度、落ち着いて考えてみましょう。
気にするべきは、もっと別のことだ思いますよ。
で、何を気にするべきか、いま答えられますか?