夫婦関係のご相談を受けていると、夫たる男性は現代においてどういう気構えで生きてゆくと夫婦関係が安定しやすいのだろうか。
といったことを、つい考えてしまいます。
世間で考えられている「男性の役割」について、夫婦間の不愉快なストレスを生みやすい方向へ流れてゆくような解釈というか、理想と現実のズレみたいなものが日本社会全般に広まっている予感がします。
そのあたりを踏まえて、僕の考えと状況を文章にしておきたくなりました。
こんなムズ痒い話を記事にすることには心の抵抗があります。
それでも僕がこんな記事を書くのは、皆さんが夫婦関係で悩んだ時に、
世の中にはこういう夫婦もいるんだな。
という参考情報の一つに含めてもらいたいからです。
ご相談を受けているときには、僕からはこういう話はしないのです。
誰かがこれを読み、あとは皆さんが考えてご自分に合う道を選ぶでしょう。
以下は「僕のこと」に過ぎませんが、僕はこういった感覚を土台にして、ご夫婦の相談に向き合っているようです。
なお、この話は、「女性はこうあるべき」という内容ではありません。
人類が人口を安定的に維持するためには、一組のカップルが平均で2人以上出産する必要があります。
ロシアのヴァシリエフさんは1725年から1765年にかけて、27回の出産で計69人(双子16組、三つ子7組、四つ子4組)を産んだのだとか。
とは言え、昔は多産多死が常識で、男女とも感染症による死亡リスクが高かった。
女性は特に、出産に関連する死亡リスクが非常に高かったです。
人口を、つまり社会を維持するために女性は死ぬ覚悟をすることになります。
では男性の死ぬ覚悟は?
もちろん男性も覚悟します。
過酷な労働や戦争での死もあるし、家族を暴力や災害から守るために死ぬのもよくあること。
そのため、男性と言う生物は体力的に女性よりも大きく頑丈にできています。肉体を使って闘うためです。
女性は出産し子供を育てる。
男性は女性と子供を守る。
ざっくりとそういうことで人類は存続して来たし、そういう事情でそれぞれの性粒的機能が備わってきたのだと思います。
極端なことを言うと、いざというときに男がたくさん死んでも人類はなんとかなるし、戦争になればそれを当然のこととして受け入れてきました。
男が仮に全滅しても人類は滅亡しませんが、女が全滅したらそこでオワリです。
だから、男性は全般的に、死ぬ覚悟で女性を守るのが生物としては自然な状態なのだと思います(もちろん個体としてはいろいろ個人差がありますし、個々の生き方は「それぞれ」で結構なことです。)。
これは生物としての機能の話です。
そういう前提で男女関係を考えてゆくなら、現代の男性は女性の心の安定を最優先に考えるのが、生物的な関係としては安定しやすいのだと思います。
「安定」というのは、人間関係において両者の気持ちが落ち着きやすい。つまり、お互いに気分が穏やかな状態になりやすいという意味です。
男性が肉体的優位性を発揮する機会が極端に減少した社会になりました。
女性が出産し子育てをするうえでは心の安定がなにより重要です。
昔は出産や子育てを家族・親戚、さらには村が総出で心身ともにサポートしていましたから、女性が孤独感を感じることは今に比べて少ない社会でした。
ところが現代では、身内や隣近所をあてにできなくなったので、男性が女性の心の安定を確保する必要性が高まりました。
女性は体力的に弱い存在であるので、本能的に「安心」を得ることに敏感である場合が多いです。
つまり、男性に対して求める要素としては「安心を与えてくれるかどうか」が重要となります。
物理的な危険が減少し、衣食住も満ち足りた時代にになったのだから、男性が女性に与える安心は「心の安心」になります。
そういう思考を発動するアプリが僕の脳内に仕込まれていて、僕は、妻が何をするのも自由に任せ、妻の安心を何より大切にしようとしています
僕なんかのなんかのために様々のリスクを覚悟してくれた人。大事な人生の時間を僕のために費やしてくれた人。
そのことへの感謝の気持ちとして、僕は妻の心を最後まで守って行きたいと思っています。
でも、もし出産しなくても、僕の気持ちは同じだったと思います。
もし妻が「子供を産まないこと」を気にしていたとしたら、そんなことは気にしないでほしいなあ。
どんな状況でも穏やかな気分でいられる時間が、多ければ多いほどよいのです。
僕はそういう考えでずっと過ごしてきました。
妻の心が安定していればよく、そのために必要なことをするし、不要なことはしない。
そのためには、妻の気持ちをちょっとずつ教えてもらいながら、試行錯誤を繰り返します。
この「教えてもらう」というのはとても大事なことです。
僕の妻は精神的に不安定なタイプだったから、そういう工夫をたくさんしました。
妻がストレスを感じているときには優しく声をかけたり、謝ったり、感謝のメッセージを伝えます。
そして、基本的には妻の喜怒哀楽に小まめに共感します。日常のささいなことでそうします。
怒ったときも肯定的に受けとめます。目があったら穏やかな笑顔にします。実際にうれしい気分ではあるのですが、それをちゃんと表現します。
僕は日常的に穏やかでゆっくり脱力的な言動をします。
周囲を驚かせない、ドキドキさせない、否定的な発言をしない、適度にくだらないことを言う。
それは安心感を持ってもらうため。
君はそのまま気楽な気分でいればいいんだよ。
という意味を込めています。
そんなに大変な苦労をしているのか?
なんて思わないでください。僕はこれを日々、我慢ではなく楽しんでいて、日々改良しつづけているのです。
僕はもともと生き物を飼育するのが好きで、植物も、犬・猫・鳥・虫・魚類などもいろいろ経験し、今も続けていますが、生き物がともに心地よく成長してくれる様子を見ながら生活しています。
妻のことをペットと同じ次元で語るのは失礼なのかもしれないけれど、この生きている時間をともに楽しく過ごす工夫をするということに、人間とそれ以外の生きものとで、どのくらいの違いがあるのでしょう。
こうして妻がご機嫌でいてくれると、妻は心の余裕を土台にして、その個性を自由に発揮して活躍してくれます。そのおかげで僕もおだやかな時間を過ごすことができてハッピー。
でもきっと、僕の工夫はうまくいっていないときもあります。
それでも妻は多めに見てくれているし、僕をそっと守ってくれています。
ありがたや~、そしてごめんね。
僕も妻からたくさん助けられ、支えられて四半世紀。
今日もおだやかに過ごしています。
そういった関係を無理なく自然な気持ちで続けて行けることがとても幸せなことだと思います。
そのためには僕が人生をかけて妻を守っていればよいのです(実際には僕が守られているような気もしますが)。
あとは、怖いことが起きないように祈るばかりです。
ともあれ、夫婦関係が穏やかであるために、男性の皆さんは女性の安心のための工夫を日々、楽しんでいただけたらうれしいです。
そうして職場と家庭が穏やかになってくれたらいいなあ~。
できないと思い込まないでほしいです。
やってみたら、とっても楽しい毎日に変わるかもしれませんよ。