ちゃんと寝てるのに疲れる人が、自分に言いがちな3つの言葉。朝の重さを自分責めに変えないで

記事
ライフスタイル
ちゃんと寝れば戻る。 
それで片づくなら、こんなに自分を責めていないのではないか。

もし朝から体が重いだけで、自分はだらしないのかなと思ってしまうなら、まずこの記事を読んでください。

私は必要に応じてはっきり言います。 
疲れを自分の性格にしないでください。

朝、台所に立つ。トースターからパンのにおいがする。 
カップにお湯を注ぐと、湯気がふわっと上がる。 
いつもなら少し落ち着く時間。 

でも今日は、手に持ったマグカップがいつもより重く感じる。 
まぶたの裏がぼんやり重い。 
こめかみのあたりが、薄く張っている。
胃のあたりも、すっきりしない。睡眠時間は足りている。 
夜中に何度も起きたわけでもない。それなのに、朝から体が重い。

正直、焦ると思います。

仕事に行けば、いつも通り電話に出る。
 職場では、感じよく返事もする。
家に帰れば、夕食のことも考える。
親のことも少し気になる。

だからこそ疲れている自分を見つけると、ついきつい言葉が出てくる。
年齢のせいかな。 体力が落ちたのかな。私がだらしないのかな。
でも、その言葉で自分を追い込むほど、体は休みにくくなります。

もう年齢だから仕方ない


ちゃんと寝ているのに疲れる人が言いがちな言葉。 
1つ目は、もう年齢だから仕方ないです。

たしかに、年齢による体の変化はあります。
 20代のころと同じ回復力ではない。 そこは否定しません。 
でも、疲れをすべて年齢で片づけるのは早すぎます。

年齢という言葉は便利です。
 便利だからこそ、体のサインを見えなくすることがあります。

たとえば、朝から首の後ろがつっぱる。 
午前中から目の奥が重い。 
夕方になると足裏がじんわりだるい。 
夜、ソファに座った瞬間にどっと沈む。
こうした反応は、年齢だけで決まるものではありません。

日中の姿勢。 
考えごとの量。
仕事中の小さな緊張。 
家に帰ってからも続く家事の段取り。
 それらが積み重なって、体に残ることがあります。

年齢のせいで終わらせると、見直せるものまで見えなくなります。
 ここがもったいない。
年齢は変えられません。 
でも、体にかかる負担の流れは見直せます。

 だから、もう年齢だから仕方ないで終わらせないでください。 
それは、回復への入口を自分で閉じる言葉です。

体力が落ちたからダメなんだ


2つ目は、体力が落ちたからダメなんだです。 この言葉を使う人は、まじめです。 

本当は運動したほうがいいとわかっている。 
歩いたほうがいいことも知っている。
 筋力が大事なことも、何となく理解している。
でも現実には、仕事が終わるころには余力が残っていない。

帰りにスーパーへ寄る。 
家に帰って、夕食を作る。洗濯物を片づける。
 親からの連絡があれば、少し話を聞く。
 気づけば、もう21時を過ぎている。 
そこから運動しようと思えない日もありますよね。 
そして、できなかった自分にがっかりする。

ここで私は、体力が大事ではないと言いたいわけではありません。 
体力は大切です。 
でも疲れている人に最初から体力をつけなさいだけで終わらせるのは、乱暴です。

体力が落ちたから疲れる。 
それも一部はあります。 
ただ回復する前に毎日の負担が重なっている場合もあります。

使う量を減らせていない。
 戻る時間を持てていない。
 体が力を抜く場面を作れていない。
その状態で、さらにがんばって運動を足そうとすると、気持ちまで重くなります。

必要なのは、自分を責めながら何かを足すことではありません。 
まず、自分がどれだけ毎日を回しているかに気づくことです。
あなたは何もしていない人ではありません。 
すでにかなり動いています。

私がだらしないだけ


3つ目は、私がだらしないだけです。
 この言葉が一番こわいです。
なぜなら疲れを体の状態ではなく、自分の価値に結びつけてしまうからです。

朝から体が重い。 
掃除が後回しになる。夕食を簡単にすませる。
 休日に寝てしまう。 本当はやりたかったことができない。
すると、心の中で小さな声が出る。
私、だらしないな。

でも、ぶっちゃけ違います。
 疲れているときに動けないのは、だらしなさではありません。
体が、これ以上はきついと知らせているだけです。 

たとえば、スマホの充電が10パーセントしかないとき、動画も地図アプリも長くは使えません。
 それをスマホがだらしないとは言いません。
 充電が足りないだけです。

人の体も同じです。
 余力が少ないときは、動きがにぶくなる。 
判断も重くなる。 人にやさしくする余裕も減る。
これは性格の問題ではありません。 体の状態です。

だから私がだらしないだけという言葉で、自分を切り捨てないでください。 その言葉は、体のサインを聞く前にふたをしてしまいます。

自分を責める言葉は、回復の邪魔になる


もちろん、自分に厳しい言葉をかけたくなる気持ちはわかります。 

休んだのに疲れている。 
寝たのに戻らない。前より動けない。
 そう感じると、不安になります。

 私もリハビリの現場で同じような言葉を聞くたびに、正直胸がきゅっとなることがあります。
体の状態として見ればいいことまで、その人の弱さとして語られてしまうからです。 

疲れは人格ではありません。 体の状態です。

年齢のせい。 体力のせい。だらしなさのせい。 
そう言いたくなる日があってもいい。 
でも、そこで終わらせないでください。

自分を責める言葉は、一瞬だけ理由をくれます。
 でも、回復への道は見せてくれません。 
必要なのは自分を責めることではなく、体の状態を見直すことです。

今日やることは、言葉を1つ止めるだけ


今日から急に生活を変えなくていいです。

運動を始めなくてもいい。
 睡眠法を探さなくてもいい。 完璧な食事にしなくても大丈夫です。

まず、朝の体が重いときに出てくる言葉を1つ止めてください。
もう年齢だから。 
体力が落ちたから。
 私がだらしないから。 
この3つのどれかが出てきたら、こう言い直します。

今の体は、回復しにくい状態なのかもしれない。 
この言葉は、自分を甘やかすための言葉ではありません。 

体を正しく見るための言葉です。
朝から体が重いなら、責める前に見てください。
 こめかみの張り。胃の重さ。足裏のだるさ。
 眠気ではないぼんやり感。

 体は、いろいろな形で今の状態を教えてくれます。
ちゃんと寝てるのに疲れる人ほど、自分への言葉を変えてください。 
体を責める人は、体のサインを見逃します。 
まず、切り捨てる言葉を止める。 そこから回復の見方は変わります。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら