僕が“占いを使わない側”だった理由

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占い
僕は「出生/魂時刻推定鑑定(レクティファイ)」について占いという感覚が余りないです。
感覚としては “未来を当てる”より先に、そもそも読む座標(時間)を合わせる作業に近いです。

僕はもともと、何をやるにも自分で決めるタイプで、基本あまり迷いません。
ドラムを叩く人間としては、迷った瞬間に演奏の世界から落ちる感覚がある。同様に「占いを参考にしよう」と思う前に結論が出ていることが多かった。

神社も今でこそよく行きますが、元々は初詣すらしない人でした。
神頼みという発想もなくて、基本コンセプトはマリア・カラスの言葉――
「修練と少しばかりの勇気以外全部ゴミ」
だったからです。

それでも。
「基本迷わない」タイプの人でも、立ち止まる瞬間はあります。
「タイミングとして今としか言えない」みたいな局面。
そういう時に、占い(というか情報)が役に立つことはあるでしょう。
不要なら不要で、それはそれで良いとも思っています。

僕にとって占いは「決めてもらうもの」ではなく、
「自分で決めるための情報」です。
結果が良ければ安泰、という話ではありません。結果を踏まえて動く以上、アタリハズレの話でもなくなります。

僕が本格的な占いを体験したのは、成り行きで霊能者の仕事を手伝うことになったのがきっかけでした。
「他の占い師ってどう鑑定してるんだろう?」と思い、研修気分で自腹で紫微斗数を受けたのが最初の“真面目な鑑定”です。

それまでは
「えー占い師なの?じゃ、ちょっと見てみてよ」
みたいな、非常に失礼な言動をかましてました。
今思うと本当に申し訳ないです。(反省)

その後、霊能者と呼ばれる人たちに接する中で、なぜか何度も言われました。
「あなた、占い師になったら?向いてるよ」

直感がある自覚はあるけれど、神様の声が聞こえるわけでも、幽霊が見えるわけでも、お祓いができるわけでもない。
レイキはできるけど、エネルギーが確実に分かるタイプでもない。
当然、占いのスキルもない。
何の冗談だろうと思ってました。

ただ、ここ数年でテクノロジーは飛躍的に進みました。
AI占いがSNSでバズったのを見た時、ふとこう思ったんです。
ピアノで言えば「猫ふんじゃったが弾けるかどうか」みたいな話だな、と。

もちろん、それをきっかけに進む人もいる。僕も、そういう一人と言えなくもないです。

で、結局。
なぜ手を出したんだろう、レクティファイに。

占いをやろうと思う人が最初に手を出すのは、普通そこじゃないです。
知らんけど。
でも、出生時間が必要な占いを受けるなら、実は最初にやった方がいいのもレクティファイ「出生/魂時刻推定鑑定」だと思います。

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