他者がどう思うかを気にしない
記事
学び
こんにちは。
光の翼 ここみんです。
いつもブログをお読みくださり、
ありがとうございます♪
3次元の領域では、
どのような
1つの
意見においても
肯定派と否定派
2元に分離します。
誰かの
意見に関して
肯定する者もいれば、
否定する者もいます。
両極の
一方は正しいが、
もう一方は違う。
…と
一方を肯定して
もう一方を
否定するのが
3次元の意識ですが、
どちらが正しいとか
どちらが違うとか
一概にはいえない。
どちらも
状況によっては
正解にも間違いにも
なりうるし、
善でも悪でもない…。
…という
5次元意識が
次第に
多くの人々に
浸透してきています。
「私」はこう思う。
…ということに関して
正解も
間違いもないので
好きな方を
採用すればいい。
とても
生きやすい時代に
なってきています。
一方だけを肯定して
もう一方を
頑なに否定する
3次元的な在り方は、
時代に
そぐわなくなってきており、
「私はこっちの価値観だけど、
なるほど。
そういった価値観もあるんだね。」
…という
多様性を受け入れると、
自分とは違う
他者の価値観を
頑なに否定したり、
ジャッジする在り方を
止めていくことで
意識は柔軟になり
拡大していきます。
2元の
一方を排除しようとする
3次元的な
否定やジャッジが
無意識の領域に
制限を設けて
苦悩や困窮を
生み出します。
一方だけに限定して
もう一方を排除すると
ドラマチックな展開の
無限の可能性を自ら
狭めてしまうのです。
無限の可能性は、
2つの両極を
統合して生み出される
創造的エネルギーです。
どちらか一方を
排除してしまうと
無限の可能性自体も
消え去り、
自身の世界からも
排除されて
体験できなくなります。
たとえ
これまで
仲良くしていた仲間が
一方的に
あなたの意見を
否定してきたとしても
仲間の答えだけが
正解ではありません。
その仲間は
一方向の視点しか
持ち合わせていないので
別の価値観を
受け入れられないのです。
それでも
「私」の思いを
無かったことにして
押し込める必要も
「私」を殺してまで
相手に合わせる
必要もありません。
こうして
波長の合わない者同士は
いずれは
離れていくことになるだろうし、
「私」が何も悪気なく
誠意を持って
対応したことに対して
どう受け取るのかは
相手側の問題なので、
そこまで
気に病むこともないし、
自分を
責めることもないし、
責任を
感じなくてもいい。
今後も
感覚や価値観の
噛み合わない他者と
付き合わなければいけない
ルールも規則もないし、
ムリに「私」を
押し殺してまで
他者に合わせたり
譲るのは、
「私」に
優しくありません。
「私」の意思よりも
世間や他者の
考えや価値観を
優先するのが他人軸で、
つねに
他者の顔色を伺い
「私」を抑えてまで
対立や揉め事を
回避するような在り方によって
徐々に
「私」は
何を選択したらいいのか
「私」は
どうしたいのかが
わからなくなっていきます。
幼少の頃から
持ち続けている
癒やされていない傷を
権威的な他者に
投影して
他者(母親)に
愛されたくて
いつも
他者(母親)の顔色を伺い
他者(母親)に認められたくて
他者(母親)の意見や価値観に従う。
他者(母親)に
否定されるのが恐い。
そういった
幼い頃からの
他者(母親)に
褒められたり
認められようとして
無意識に
身につけてしまった
在り方を
止めていかなければ、
他人軸から
脱却できません。
内側から
自然に現われる
「私」の意見を
ブログ記事などで
発信することすらも
恐れを
感じてしまって
おそらく
最初の頃は、
誰にでも
無難に
受け入れられるような
模範的で
当たり障りのない
内容の記事しか
書けない…。
…というような
苦い思いを体験済の方も
多いのではないかと思います。
私個人的にも
この仕事を始めたばかりの
初期の頃は、
ブログで
自分の意見を
発信することすら
たまらなくイヤでした…。
心底、
ブログ作成が
イヤでイヤで恐くて
仕事だから
しゃーなし更新していましたが、
ブログ発信しないで
何とかならないかなー??
できたら
ブログを書かなくて済む
他の方法はないかな…?
…と
しょっちゅう
模索していましたが、
克服するために
目の前に
やってきているので
絶対に
そうはならないのです…。
今となっては、
嫌われようが
妬まれようが
そう受け取ることしかできなくて
困るのは
他者側だと
知っているので、
内側から
湧き上がるまま
言いたい放題
発信していますが…笑
否定されないで
より多くの他者に
認められたい
…という
目的だと
模範的な内容に
なりがちですが、
それでは
他者たちにとって
何の解決のヒントにも
ならない。
無難で
ありきたりな
誰でも知っているような
内容では
心に響きません。
神はなぜ
1つの根源から
誰1人として
同じではない
ユニークな個性を持つ
多くの「私」を
地球上に
遣わしているのか…。
皆が
個性のない
一辺倒な
意見や価値観では、
神が
様々な個性を
創造している
意味がなくなります。
「なぜかわからないけど。
あまり大きな声では言えないけど…。
私は、こう思う…。」
…という
「私」の内側から
自然に
湧き上がる思いや考えを
スルーしたり
切り捨てたりしないで
尊重して欲しい
…と感じます。
その小さな
1つの行為の積み重ねが、
「私」を
大切にすることに
繋がっていきます。
私も
ハイヤーセルフからの
メッセージの内容が
とんでもなく
想像を絶する内容で
しかも
その叡智が
マトを得ているので
多大な影響を
受けているのです。
とてもじゃないけど
人間の
ちっぽけな脳で
考えつくような
内容ではないので、
絶大的に
信頼できます。
ハイヤーセルフから
もたらされる智慧は、
どんなに
人気の著書にも
載っていないし
外側世界の
どの情報源を探しても
ハイヤーセルフと
同じ智慧は
まったく見つかりません。
ハイヤーセルフと共に
生きるなら、
学びが
終わっている
あらゆる障害や危険も
前もって
自然に回避して
なぜか
「私」が喜びそうな
方向性や状態を
完璧に
知り尽くしており
安全に確実に
導いてくれます。
人間という生き物は
エゴがあり、
エゴは
「私」が世間から認められて
頂点に立ちたい
…と考えるので
その自己顕示欲や承認欲求が
自分より目立つ者を
否定したり
引きずり下ろして
排除しようとする者もいます。
2元に分離する
プラスとマイナスがある
3次元では、
もしも
ハイヤーセルフとつながる者が
ニセモノならば、
今現在の在り方しか
生きていく術を
知らない他者たちは、
内心喜ぶ者の方が
圧倒的に
多いのです。
「私」よりも「下」の他者を
認識することで
安心を得ます。
他者がニセモノ=安心
他者がホンモノ=不安
しかし
「私」より下を創造して
安心して
満足している限り、
その状況を
超えることはない
…ということに
多くの者が
気がついていないので、
ダイレクトに
ハイヤーセルフとつながる者が
全くと言っていいほど
見当たらないのでしょう。
こんな肝心な
重要な時期に
差し掛かっているのだから
もっと大勢
アチラコチラに
存在していても
不思議ではない…。
…と
個人的には思います。
だからこそ、
ハイヤーセルフとつながると
どれほど現実が激変し
好転するのかを
できるだけ
詳細に伝えたくて
こうして
ブログで発信しています。
嫉妬や妬み、
反感、否定などの
マイナスエネルギーを
徹底的に
手放していくことが
高次意識とつながる
重要なカギとなります。
この低いエネルギーを
未だに
手放していないから
望んでいない状況で
感じたくもない
マイナス感情を
感じているのです。
これらの
ネガティブエネルギーは
内側の本心に
気づくためだけに
現れていて
幸せになるには
邪魔になる
エネルギーです…。
目の前に
対象が現れても
何も感じなくなるまで
浄化していかなければ、
幾度でも
同様の他者を引き寄せ、
感情が邪魔して
その先を
超えて進んでいくのが
難しくなります。
低いエネルギーを
浄化して手放すほど
人生の質は確実に
アップグレードしていきます。
現在は
プラスであろうと
マイナスであろうと
長い年月をかけて
各自が内側に
押し込めていたものが
抑えきれなくなって
浮上している
大浄化の時期で、
現在もなお
様々な事象が
方々で起こり続けて
現象化している状況です。
そんな
混沌とした状況であっても
内側から現れる
かすかな
心の声を無視したり
スルーしないで
耳を傾けて
「私」に
寄り添ってあげてください。
これまで
「私」の意思よりも
周りを
優先していたのならば、
なおさら
そうしていこうと
決めていかなければ、
「私」が報われません。
それほど想像以上に
これまで
多くのことを
ガマンしていたり、
欲求を
抑圧しています。
「私」を守れる者は
「私」しかいません。