『純粋な愛の願いは、その瞬間に、もう既に叶っているのです。もう既にそこに在るのです。そして、その『既に叶っていた』という事に気づくかどうかだけなのです。』
これは、愛について、私のハイヤーセルフからのメッセージです。
七夕の物語『織姫と彦星』は引き裂かれて悲しい、というお話ではありません。
一般の物語を私なりに要約すると、『天の機織りで着物を織っていた織姫と天の牛飼いの彦星が恋に落ちて、結婚し、2人遊びが楽しくて織姫は機織ることを忘れて、皆が着る着物がぼろぼろになり、彦星は、牛のお世話を忘れて、牛が育たなくなり、それを見かねた神様が、2人を、別れ別れにしたのです。でも天の神様は、織姫があまりにも悲しそうにしているのを見て、こう言いました。「一年に一度だけ、七月七日の夜だけ、彦星と会ってもよろしい」 それから、一年に一度会える日だけを楽しみにして、織姫は毎日、一生懸命に機を織りました。天の川の向こうの彦星も、天の牛を飼う仕事に精を出しました。』
という物語らしいですが、
これにはとても大切なメッセージが込められていると感じます。
例えば、織姫の様に、一年に一度会える日を楽しみにしているその心を、人間の私なりに見つめてみると、
今世も私と出会うという選択をしてくれた事、そして、ちゃんと出会えた事、彼の今世の姿を見つめることができた事、彼の言葉を受け取る事ができた事、そこにある優しさに触れられた事、その時の感情や、時間を共有できた事、
その全てが、どんなものであったとしても、自分自身のまだ見ぬ姿を映し出し、内なる輝きを教えてくれるものであった、と。
そのプロセス自体が、既にその大きな愛の中にいて、愛を受け取っていたんだ、と。
彼に会えない時間に、自分の内に輝く純粋な愛の光を愛でることができる喜びは、今、目の前に彼がいても、いなくても、何があっても無くても関係なく、無条件に、ただ自分の内に輝く光を愛している喜びの体感と、自分自身の清らかな意識、純粋性を引き出してくれるものでもあります。
そして、相手の眼と自分の眼を重ねて、相手の眼に映るものや、感じる喜びが、自分の喜びでもあり、静かに相手の幸せを祈り、
私と相手、女と男という『別』、分離をこえて、ただその喜びと、幸せの中にあり続ける意識。
そして、そんな愛の在り方を教えてくれた、偉大なる魂の仲間として、恋愛とか友愛とか、そんな枠もこえて、無条件の愛へと導いてくれた相手への大きな愛と感謝と共に、今の自分を生ききるということ。
やっぱり私達は、どうしたって、最終的には愛にかえってゆくものなんだな、という、全てへの信頼と共に、愛を深めて進化してゆく存在なんだと、体感しています。
全ての人の願いが満たされ、その魂の体験が楽しい旅路でありますように。