人相を学ぶ151 欲深く自己中心な人で動物のような顔の人は末路が哀れです(形如猪相 死必分屍)

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占い
日本にある占い方法の中に相手の顔を見て性格や運勢を判断する「人相占い」
という占いがあります。人相占いは人相学・人相術とも言われていて
中国語(漢文)の原典で「神異賦(しんいふ)」と呼ばれるものがあるのですが、
それを日本語に訳して、人相学を学んだ私が現代人の感覚で内容を
アレンジしたものを書いていきます。 人相学の古典の現代的な解釈です。

今回の詩句は「良くない人相」つまり「悪い人相」を紹介している詩句になります。



(151 形如猪相  「猪を観るが如きの形なのは」 
    死必分屍  「死すれば必ず屍を分かちます)

「顔が豚顔(ブタみたいな顔)になっている人は
 亡くなる時は必ずその遺体を引き裂かれるような事になります」


形(カタチ)とは、意味がたくさんあるのですが、ここでは「顔」や「顔つき」

のことを言っていると思われます、他に「顔立ち」とか「容貌」とか「容姿」

とか人間の姿形のことを言っていると思われます。


如(ゴトシ)とは、「と同じである」「同じだ」とか、「~のようだ」

「同様だ」とか「似る」という意味です。


猪(チョ・イノシシ)とは、日本語だと動物の「イノシシ」のことを

意味しますが、漢文では「猪」とは家畜としての「豚・ブタ」を意味します。

漢文ではイノシシのことは「野猪」と言ってブタと区別するそうです。

これについてはあとでもう少し説明いたします。


相(ソウ)とは、「ものの姿」「様子」とか「容貌」という意味があるの

ですが、ここでは「人相」「人相をみる」とか「観察する」という意味だと
思われます。


猪相 (チョソウ)とは、「豚のような顔」「ブタ顔」という意味です。

これは人相学・人相術の専門用語でして、

字面を見ると日本語で「イノシシの顔」という言葉が浮かびますが、

正確には「豚の顔・ブタ顔」となります。


死(シ)とは、「死ぬこと」「亡くなる」ことです、「命を失う」ことです。


必(カナラズ)は、そのままの意味で「かならず」という意味です。


分(ワカツ)とは、「わける」とか「わかれる」「離れる」という意味なの

ですが、ここではおそらく「離れる」の意味で取るのだと思われます。

おそらく「分裂する」とか「引き裂かれる」という意味で解釈されると
思われます。


屍(カバネ・シカバネ)とは、「死体」とか「ご遺体」という意味であり、

「亡き骸」という呼び方もされるようです。


分屍(ブンシ)とは、正しくは「五馬分屍」と言う言葉があります。

古代中国の春秋戦国時代に実施されていたという「車裂」という刑罰の

別名が「五馬分屍」という名称だったそうです。



それではこの詩句を日本語の文章にしていきます。

上の句の「形如猪相」からです。


まず最初は、「猪相(チョソウ)の」と読んでいきます、

次に「如(ゴト)き」と読みます、そして「形(カタチ)は」と読みます。

これらを繋げると「猪相の如き形は」という文章にできます。


そして下の句の「死必分屍」も日本語にしていきます。

まず「死(シ)すれば」と読みます、次に「必(カナラ)ず」と読みます、

そして「屍(カバネ)を」と読んで、最後に「分(ワ)かちます」と読みます。

これらを繋げると「死すれば必ず屍を分かちます」という文章にできます。


これで上下の句を繋げると、

「猪相の如き形は、死すれば必ず屍を分かちます」という文章になります。


この文章でも良いのですが「猪相」という言葉がかなり専門的な言葉なので

もう少しわかりやすい噛み砕いた文章にするとすれば、

「相」という言葉の意味の中に「人相を見る」とか「観察する」という

意味があるのでそこから解釈を広げて

「猪を観るが如き形は」という文章にしても良いかなと私は思います。


これで今回の詩句を日本語の文章にはできましたが、

これでは一般の方達には意味がわからないと思われますので

現在の人相学・人相術の知識を交えて詩句の意味の解釈をこれから書いていきます。



それではこの詩句の意味の解釈をしていきたいと思います。

上の句の「猪相の如き形は」からです。


この句の場合は、まずは「猪相」から説明しないと話が進められません。

この句の説明の最初でも少し書きましたし、

先ほどの漢詩を日本語にしたところでも少し述べましたが

「猪相」という言葉があります、これは人相学・人相術の専門用語です。


「猪」とは漢文では「家畜としての豚」のことを言うそうで

イノシシのことではないそうです、つまり猪は「豚・ブタ」という意味です。


そこに「相」という言葉が付きます、ここでは「容貌」とか「外見」とか

「その人相」という意味で解釈してよいと思います。


それで「猪相」という言葉ですので漢字のとおりの意味になりまして

「ブタのような容貌をした顔や容姿」という意味になります。

言葉を短くすると「ブタの顔」「ブタみたいな人相」という意味になります。

つまり「ブタ顔」のことを猪相と言います。


そしてこの詩句では、「ブタ顔の如き形は」と述べています。

「如き形は」を私の感覚で現代的に解釈しますと、

「みたいな形は」とか「みたいな感じは」とか「みたいな容姿は」と

いうふうに解釈することにします、その方がわかりやすいからです。


ただ、「相」というのは顔だけではなくて全身も含めての言葉なので

「ブタのような顔や容姿は」という言い方が適切な表現になるかと思います。


そして「猪相」と言っているのは、誰か人のことを指して言っているので

「ブタのような顔や容姿をしている人は」とか

「している者は」という表現にするのがわかりやすいかなと思います。

その方が下の句の意味と繋がりやすいと私は思いました。



そして下の句の意味の解釈に移ります、「死すれば必ず屍を分かちます」です。


まず「死すれば」の解釈から入ります、この句では「死んだときは」とか、

「亡くなったときは」という意味でとれば良いのではないかと思います。


次に「必ず」の解釈ですが、これはそのままの意味でとっていいと思います。

そして次に「屍を」の解釈ですがこれもそのままの言葉の意味で取りまして

「その死体を」とか「その遺体を」という解釈で良いと思います。


最後に「分かちます」の解釈ですが、もともと「分かれる」「離れる」という

意味なのですが、この詩句の場合は「分裂する」という意味を強調して

「引き裂かれる」というふうに解釈することにしました。


これらの言葉を繋げると

「死んだときは必ずその死体を引き裂かれます」とすることができます。


それで、上の句と下の句の文章を繋げてみますと

「ブタのような顔や容姿をしている人は

 死んだときは必ずその死体を引き裂かれます」

というような文章の形に私は解釈することにしました。



次に、人相学・人相術の知識や教えの視点からこの詩句の意味について

さらに詳しく解説をしていこうと思います。

解説をしませんと、なんでこの詩句はこんな酷いことを述べているのか?

ということが一般の方達には理解できないと思います。


そのためにまずは「猪相」という「ブタのような顔と容姿をした人」と

いうのはいったいどういう人間なのか?というところから説明をしていきます。



まずは猪相といわれる人相の顔の感じや特徴と

身体的な特徴から説明していき、立ち居振る舞いや性格についても説明します。


猪相は顔も身体も太っていて皮膚が弛んでいるように見えるのが第一の特徴です。

いちばん多いのは顔の皮膚が緩んで弛んでいてしまりがない感じの人が多いです、

顔や身体の皮膚がブヨブヨとしてるような感じに見えることも多いです。


若い猪相の人の場合は太っているのは同じですが皮膚は弛んではいないの

ですが顔や身体の皮膚がぱっつんぱっつんに張っている人もいます。



次に猪相の人の表情の特徴ですが、笑う時にニコリとした笑顔にならずに

ニヤリとした感じの笑い方をすることが多いです、

これが何とも「いやらしい感じ」になり下品で卑しい印象を

それを見た周囲の人達に強く印象付けることがあります。



そして猪相の人は「目つき」にも特徴があります。

目つきが「ボンヤリとしている」人が多いのです。

そして視線の行く先もボンヤリした感じをさせていて

この人の目はどこを見ているのか、目の焦点がどこにあるのかがわからない

という感じの目つきをする人も多いです。


この目つきのボンヤリした感じと併せて

「顔つきもボンヤリ」した感じをさせている場合も多いです。

目つきと顔つきがボンヤリしているからなのか猪相の人を少し離れたところ

から見ていると緊張感といった雰囲気を感じられないことも多いです。



身体的な特徴としては猪相の人はほぼ太っています。

太り過ぎで顔や肩に肉が付きすぎていて首が無いように見える人もいます。

太った顔と身体から発散される雰囲気のせいなのか服の上からでも

身体の皮膚がブヨブヨとしている感じをイメージしてしまいますが、

実際にはそんな身体ではないのかもしれないけれど、

そのような印象を見た人に感じさせる雰囲気があります。



立ち居振る舞いに関してもだらしがない感じを受けます。

立っている姿、座っている姿、歩いている姿、誰かと会話をしている姿を

見ていてもを何故かそれらもしまりがない感じであり、

間延びしているような、緩んでいるような感じを受けます。



猪相の人の性格や考え方を離れた位置から見ていてわかったり感じられたことと

人相術の先生方が残してくれた教えを書き出していくと以下のようになります。


自己中心的で自分の利益と利得についてしか考えていないと言われています。

自分の欲望や本能を満たすことが中心でありなんとなく動物的な感じを受けます。

本人の考え方のなかに何らかの信念とか節操とか筋を通すといったものが

ほとんど見受けられないとも言われています。

自己中心的なので他の人の事や周囲の人達の事や共同体のことは

考えていないと思われます。

人からの意見や注意なども真剣には聞かないと言われています。


猪相の人は性格や人格とか行動にかなりの問題がある人であり、

なんとも説明が難しい人ではあります。


猪相と言われる人の特徴や性格については以上です。




猪相の人の特徴や性格を説明させていただきましたので、

この詩句が述べていることをさらに解説していきたいと思います。

詩句では「猪相の人は死んだときは必ずその死体を引き裂かれます」と

述べています。そこは「分屍」という言葉を使って説明しています。


この詩句の最初の漢字の説明のところでも書きましたが

「屍を分かつ」という意味と「五馬分屍」という言葉から引いてきた

「分屍」という意味の二つの意味をかけているように私には思えます。


ですので五馬分屍についてもう少し詳しく説明いたします。

五馬分屍とは古代の中国の春秋戦国時代に行われていたという

刑罰の別名でして、正しい名称は「車裂」というそうです。

車裂とは「車裂きの刑」のことだそうで、かなり重い刑罰とのことです。

法律や社会の規範に反した相当重い罪を犯した罪人を処罰するために

この刑に処される人の頭と両手両足を別々の方向を向いた車(馬車?)に

繋いで引っ張って身体を引き裂くという刑罰だそうです。

車を使わないで馬に繋いで引くこともあるようなので、

五頭の馬に繋いで行う刑ということで「五馬分屍」という

言い方もするのだそうです。


そこで重要なのは猪相の人は「五馬分屍の刑罰」に処されるような、

「重い刑罰を受けるようなことをするかもしれない」という暗示があることを

この詩句は示しているようです。


そのような重い刑罰に処されることになる原因は

猪相の人自身の自己中心の考え方と自分の欲望を満たすために

社会や周囲の人達に被害や迷惑をかけるような犯罪をする可能性が

あることだと思われます。


自分の欲望を満たすことや自己中心な利益を手に入れるために、

奪い取るように、むしり取るように、貪るようにして

他者や周囲の人達や共同体や社会に被害をあたえて迷惑をかけて、

傷つけたり苦しめたり騙すようなことをする可能性があるとされています。

そういったことが原因で重い刑罰を受ける可能性が猪相にはあるようです。

これが五馬分屍の意味がかけられている理由になります。



次に「屍を分かつ」と解釈した方の意味について説明いたします。

さきほど述べましたように猪相の人は自己中心の欲望を満たすために

社会や共同体や周囲の人達を傷つけたり苦しめたり迷惑をかけたりすることがあり

それゆえに周囲の人達から「強く恨まれる」こともあるのだと思われます。


そういった理由で猪相の人は「普通の亡くなり方」「通常の亡くなり方」が

できにくいという暗示が強いことを「屍を分かつ」の詩句は

述べているのだと思われます。


「普通の亡くなり方ができにくい」というのは

猪相の人の自己中心的な行動や発言に深く傷つけられた人達から

強く恨まれるとか共同体や周囲から強く非難されるような

生き方をしてきたことが積み重なった末にそのような結末を迎える

可能性が高いからということです。


そのために強く恨んでいる相手に命を奪われてしまうとか、

自分が関係するなんらかの事件に巻き込まれて亡くなるとか、

長いあいだ病気に苦しんでから亡くなるなどの最後になる可能性があります。

誰にも看取られずに孤独な状態で亡くなることや、

なんで亡くなったのかわからない原因不明で亡くなる可能性も高いようです。

そして自分が重大な犯罪を犯した末に裁判になり司法の裁きを受けて

極刑に処されて最後を迎える形になるという可能性も含みます。



そして猪相の人は亡くなった後になってからも

自分の遺体に傷を付けられたり、遺体を切り裂かれたり、引き裂かれたり、

遺体をさらし者にされて辱めを受けるというような

亡くなった後になっても生前にした自分の行いに対する非難を浴びる

というような暗示があるようです。


人生の最期や亡くなり際がよくないという暗示と、

死後に自分の遺体を憎しみの対象として粗末に扱われてしまうような暗示と、

亡くなった後も強い批判や非難を受ける暗示があるのは、

やはり猪相の人が生きていた時に自己中心的な欲望を満たすために

社会や共同体や周囲の人達を傷つけたり苦しめたりするような

生き方をする可能性が高い暗示があるからのようです。


こういった理由があるためにこの詩句では

「死すれば必ず屍を分かちます」という厳しい言い方をしているようです。


これがこの詩句の述べていることで

人相学における猪相という人相の説明になります。




ここまで猪相の良くない面ばかりを述べてきましたので

文章の内容のバランスが良くありませんので、

簡単な運勢の改善方法を合わせて書いておこうと思います。

それは難しい事ではないです、やろうと思えば誰でも簡単にできるものです。


その方法は具体的には、

自分や自分の身内以外の他者や、周囲の人達や共同体の人達と仲良くして、

自分の知識、技術、経験、などの能力や技能などを

自分の方から率先して皆に共有したり、与えたり、差し出すと良いです。

そのときに見返りを求めないことが重要です。


そういう意味ではボランティアのような行いとか活動や、

慈善活動とか慈善的な行いのようなことでもいいと思います。

または自分の好きな有名人や著名人とか、好きな物事とか、

自分の好きな気に入っている分野などに対して支持したり支援したりして

「推し活」みたいな感じで積極的にお金を払うのもいいかもしれません。


そして人の悪口を言ったり、傷つけたり苦しめるようなことを一切しなければ

自然に運勢はすこしづつ良くなっていくはずです。


ただし、それまでの過去の行いにおける因縁の消化が終わってからの

開運になりますので、その期間は人によってかなり個人差があります。


それでも運勢が改善してきますと顔つきが変わってくるはずです。

猪相の人は顔つきが改善して猪相ではない顔になっていくはずです。


この開運法は猪相の人に限らずどなたでもできるものなので

すべての皆さんにお勧めできるシンプルな開運法です。



ここで猪相の人の話に戻ります。

上に運勢を改善する方法として開運法を書きましたが、

ですが猪相の人はこのような忠告は一切聞かないとも言われています。

このような話に耳を傾けて人の言う事を聞いてくれるような人であれば

そもそも猪相では無いと思われます。


私も外を出歩いているときとかに直接で猪相の人を見かけたことはありません、

実際のところ猪相の人というのはほとんどいないように思われます。

私が「この人は猪相だな」と思った人はテレビの報道番組やニュースでしか

見たことがありません。

その数はほんの数人ですが全員とても重い罪を犯した犯罪者の人達でした。

その中で極刑が執行されて社会的評価が決定している人では

世界史に残るような事件を起こした人もおりました。


ですので「本当に猪相という人相にあてはまる人」というのは

普通にはなかなか見かけることはないのではないか、と私は思っています。


外出したときに街や商業施設などで太ってる人を見かけることはありますが、

顔つきも、眼つきも、顔全体、身体全体の、雰囲気も真正の猪相とは

全然違いますからすぐにわかります。

繰り返しになりますが真正の猪相の人は下品で卑しい感じがするのです。

それはしばらく見ていれば、なんとなく伝わってくるからわかります。


ただ太っている、というだけでは猪相にあてはまることはまずありません。

人相学・人相術で悪相と言われるような本当によくない顔をした人は、

テレビのニュースや報道番組の中で見かける事の方が圧倒的に多いです。

なんらかの犯罪をしてしまい警察に連行されている人の中に

いわゆる悪相にあてはまる人が多いと私は感じています。



この詩句の猪相についての説明はこれで終わります。

ここまで読んでいただきましてありがとうございました。



形   容貌、顔だち、という意味。

如   「と同じである」という意味。

猪   家畜としてのブタのことを指す。

相   この詩句では「人相のこと」。

死   命がなくなること。

必   かならず。

分   この詩句では「引き裂かれる」の意味。

屍   ご遺体のこと、亡き骸、という意味。

(人相を学ぶ151 形如猪相 死必分屍 )



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興味のある方はどうぞ読んでみてください。
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(冷笑無情 作事機深内重)



※(ご注意)
この文章は私が過去にネット上で掲載した文章を
ココナラブログ用に自己紹介も兼ねて再掲載しているものです。
ですので過去に公開したものとまったく同じ内容ですので
その点はご了解いただきたく、お願いいたします。
どうぞ判断の参考にしたり、読みものとしてご覧ください。
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