オリーブの木を折る-1)仮病と毒沼

オリーブの木を折る-1)仮病と毒沼

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天気予報が地獄絵図のような色使いだ。厳密には気温を表す日本地図が紫と黒で埋め尽くされている。「毒沼だな」そう呟くも、妻は自分の朝の支度で余裕がない。朝、俺より三十分も遅く起きているのだから時間が無くて当たり前だろう。

「あなたがいたら、洗面台使えないでしょ」

だから俺は妻より三十分早く起きている。息子はもう成人して、選挙権もある大人だ。十九歳、なにか滅多な犯罪に手を染めても、起訴されるまでなかなか実名報道がなされない。逮捕時は「特定少年」扱いだ。たいてい、起訴される頃には報道熱も興味本位熱、どちらとも冷めてしまい、実名報道のターンがまわってきても、その機会をどちらとも捨てているのだ。

選挙権がありながら、選挙に行かない人と同じだとも思うが、権利の放棄に背景がある。つまり誰に投票するかが消去法なら、行かない方がマシだという考え方には同意できる。

報道と市民の熱が冷めるのは、権利の放棄というよりも単に熱が上書きされ続けるからである。熱の内側、ーー核にいる当事者たちは、灼かれ叫び、その身も、心も、心の奥のなかにあるかつての自分も今の自分も、未来の自分も、あるべき姿のあやゆる形が、名もなき消し炭となり、塵となるのだ。熱はジリジリとその場で燻り続け、やがて消え失せる。

俺は息子に左目を抉るように殴られた。そんなことは一度二度ではない。反抗期と称すれば、思春期というバッジを手に入れていれば、特権階級のように親ですら半殺しにできる。実際、俺の左目は見えにくくなっているし、椅子を振り下ろし何度も殴り付けられた左肩は上がらなくなった。椅子の角が肩に食い込んだせいなのか、急に五十肩になったせいなのか、どちらの方が理屈にかなった因果関係上に存在しているのか教えて欲しい。裁判で証明するしかないのかもしれない。

散々殴りつけられたあと、包丁で脅されることも何度もあったが、警察への通報は控えた。それが何を意味するか、親なら皆わかるだろう。

本気じゃない、殺されるなんてことはない、脅しだ、そうわかっていても刃先を向けられた時、肉がついた背中が冷えた。蝉鳴く音すら、聞こえないくらいにその場に、その状況に、その狂気に集中していた。

いかなる時も立ち向かい、いかなる時もその理不尽さを説き、いかなる時も我が子であると許してきた。

今日、俺は自分を暗闇で覆い尽くしてきた「隠蔽」を終わらせた。

仮病を使われたのは、原因ではない。原因とはもっと複雑なものだ。因果関係がはっきりしていること、つまり彼の暴力性について堪忍袋の緒が切れたというシンプルな構造ではない。

トリガーというとカッコつけているようなので、「きっかけ」と言おう。

予約していた眼科の治療を「今日は行かない」と言い出した。体調が優れないそうだ。熱はなく、朝食も残さず食べ、睡眠もしっかりとれていて、スマホを無限にいじっていても、「体調が優れない」。

俺が子どものころ、保険証を持たされて、一人で病院に行くことなんてよくあった。マイナンバーに変わってから、紛失することの面倒さを考え、付き添うことにしている。あれだけ暴力を振るわれ、一生分の許容量を越えた罵詈雑言を浴びせられ、身体のどこかが持続的に痛みを抱えている。

もし、眼科への通院キャンセルが「仮病ではない」としたら、俺のきっかけは失われただろうか。先延ばしになっていただけだ、と自分の肚の奥から野太い声が聞こえる。

抵抗された際に、右肩を負傷した。ボールペンが刺さっている。付き添い用に着替えた白いポロシャツはところどころ血で滲んでいる。どれが俺のものなのかは、もうわからない。

妻が帰ってきたら何と伝えるべきか、それまでに俺がこの家にいるのかは疑問だ。

サイレンの音が乱暴に近づいてくる。隣の住人が呼んだのだろうか。因果関係を順に追っても、問題がどこにあったのかは解明しにくいだろう。動機は時系列に積み上がるばかりではない。

バルコニーで大切に育てているオリーブの木は、あちこち予想のつかない方向に枝を伸ばしている。その姿は、動機そのものだ。

とにかく、ホッとした。もう、隠蔽する必要がなくなったことに、俺は胸をなでおろし、パトカーに乗った。
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