オリーブの木を折る-3)こっちを見る瓶

オリーブの木を折る-3)こっちを見る瓶

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部屋から出てこないことに、どうして俺たちが悩まないといけないのか。俺も母さんも仕事を持っている。家から一歩出ると、助けてくれる人はいない。細くて脆弱な命綱を巻きつけて、会社まで潜るのだ。



それは母さんも同じだ。表面上は声をかけてくれる人間はいる。その点は、オマエとは違う点かもしれない。教師からも無視されているというのが事実ならば。だが、俺たちにはそれを確かめる術がない。



録音でも録画でも、証拠が欲しい。だから学校に行かないことには、教師からの無視や同級生からのイジメなんて判別がつけようがない。そうだろ。



親が子どもの言葉を信じるのは、子どもが親の言葉を頼りにするからだ。

頼られてない親が、子どもの言葉を信じると思うか?





「人間の屑クズ、塵ゴミ、滓カス。お前ら何て親じゃない」

そう言えば何かが解決するのか? と思ったが解決させるのは俺たちの方だった。外でそれが言えればいいのにと思うが、俺たちにはもう関係のない話だ。



部屋から出られないというのは、一種のSFやホラーみたいなもんだ。扉を開けるとまた部屋に戻っている、扉を開けるとゾンビが襲いかかる。



そんなわけないじゃないか。扉を開けて、トイレに行っているだろ。夜な夜な冷蔵庫を開けて、何かを喰ってるじゃないか。



イジメてくる人間がいるなら、俺たちに浴びせた暴力を武器にしてはどうだ?それができないなら、暴言でもいいじゃないか。オマエには武器がたくさんあるだろう。



愛情のある対象をすり減らして、人格を破壊するだけの根気があるじゃないか。俺たちは今日離婚届を出した。もう、終わったんだ。金は冷蔵庫の中に入れておく。二百万だ。皆同じだけの取り分だ。



この家は、週末には引き渡しだ。俺たちは家財道具のすべてを粗大ゴミ業者に引き取ってもらう。明日の予定だ。オマエも加わるなら、その部屋のいらないものを引き取ってもらえ。必要なものは、新しい住処に持っていけ。部屋を借りるなら、保証人は保証人協会に頼める。駅前の不動産屋に話はつけている。



以上だ。



言い忘れていたが、バルコニーのオリーブは、毎年実をつけていたが、食べるためじゃない。食べるなら渋みを抜かないといけないんだ。オマエが育てると言っていたが、俺は水をやっている姿すら見たことがなかったぞ。



俺も母さんも、次の住処には持っていけそうにないからな。明日粗大ゴミ業者に引き取ってもらう。母さんがだいぶと枝は折ったみたいだが、オマエが育てるなら、好きにしろ。



もう、俺たちはオマエを手放す。十八歳は大人だ。

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空っぽの冷蔵庫に、二百万円を剥き出しで乱暴に入れた。

奥に小瓶がひとつ、余計なモノは捨てておくと言っていたのに。



黒っぽい楕円状のそれらは、オイルに漬け込まれたオリーブの実だった。

俺はオリーブのオイル漬けの工程をスマホで調べた。



一年前、離婚の話に合意した。余っている食材は使い切ろうと妻が提案した。「捨てればいいのに」と言ったが、「捨てるには覚悟が必要なのよ」と笑って答えた。



災害用備蓄に随分と塩を買っていた。オリーブを塩漬けにして、渋みを抜こうという話になった。塩漬けには半年近くかかる、そこから塩抜き、乾燥、オイル漬け。合計七カ月近くかかった。



この間、俺たちは離婚を覆すために、あの部屋から出てこれるようにと手を尽くした。



それが無理だとわかったのが先月だ。



「皆が笑えるようになった日に、このオイル漬けをみんなで食べましょ」

妻の言葉が虚しく頭のなかで響く。



俺は、オイル漬けの入った瓶を壁に投げつけるも、鈍い音だけが響き、合板の壁は少し凹んだ。



和室に転がる瓶のなかから、ぬらぬらと鈍く光る真っ黒なオリーブたちが俺を睨みつけていた。
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