受験を考えている、または受験を考えていた親の皆様へ
受験を撤退する!SNSをうろうろしていると、
「中受撤退します」
こうした声に良く出会います。
9月にはいってまだ数日ですが、かなりの件数目にしています。
なんでだろう?何で受験をやめるんだろう?
そう疑問に思ったので、インスタにがっつり書きたいのですが
文字数制限があるのでブログにて公開を。
受験をやめるって、発信するのは親のストレス発散のように思います。
最初はそこに理由を書いて、共感して引き留めて欲しいのかなと思っていました。どうも違うようです。本当に撤退するという決意が固そうな方をたくさん見てきました。
子どもが「もう受験をやめたい」というから、という理由をよく目にします。
子どもの意志をここぞとばかりに尊重するのって、なんだか不思議です。
そんな白黒・01の世界でなくても、それってちょつと立ち止まる機会じゃないのって思います。
そして、それはSNSを通じて、発信される。堀った穴に大声で叫んでいるようなものだけど、SNSは日記とも違う気がしていて、文責ってのがあると思います。
親も人間だからでコーティングするということ
そう、親も人間です。怒りたくもなるし、失望もしてしまうし、つらいし、眠いし、いろいろありますよ。でもそれって、何の理由になるのだろうか。
受験の撤退は、諸事情あります。でも塾をやめることと、受験をやめることって同義じゃないと思うんです。だって、家で塾なしでやればいいだけだし。
「それは、合格できた人の結果論でしょ?」
と言われることがありますが、それは思い違いです。
受験勉強に限らず、勉強は「家でどれだけ積み上げるか」です。
まぁ家じゃなくても自習室でもなんでもいいですが、
自発的に勉強する環境でどれだけ自分の弱点を補うかというものです。
だから、塾や通信講座をやめることと、
受験をやめることは違うと思うんです。
なんで受験をやめたくなるの?
SNSをウロウロ見てると、よく目にする理由が
・塾のクラス分け編成テストで、下のクラスに落ちたから
というもの。「それだけの理由でやめるの?」と思います。
投資してきたお金と時間に効果が出ていないという考え方かもしれない。
気持ちはわかる、でも、いつ結果がでればいいのか、思い返してほしいです。
もしくは親のプライドなのだろうか?
本番の入試のタイミングでピークにもっていくのが、親の仕事。
そのピークを導くことなく、撤退するというのは、子どもに勝負させないということだと思います。
あまりうまくたとえられませんが、多くの子どもは中学受検が人生の初戦にあたると思うのです。ぶざまでも、みじめでも、やると決めたからには、
やり通すことって大切です、
その人生は、だれのもの?
お金も時間もサポートするけど、その人生はわが子のものですから。
ご家庭で話し合う、そしてこれまでどう生きてきて、これからどう生きたいのかちゃんと決める。それがないまま、受験に挑むことはできません。
挑戦することに意義があるんじゃない、挑戦すると決めた理由に意義がある。
と思います。
中学受験撤退を責めているのではなく、本当にそれでいいの?ということと
SNSで大人が・親が発信することの意味や意義について考える機会になればと思います。僕の意見もたくさんある中のひとつです。全ての考え方が尊重されると思いますが、そこには意見が対立というか、対極にある構造もあると思うのです。
あぁ、ややこしいですね。
ご清聴ありがとうございました。