世の中、突然何が起きるか分からない。
その頃の『クラブ結』は、常連のお客様にも恵まれ、女の子たちもようやく落ち着いてきた。
これから――と思った矢先だった。
それまで頑張ってくれていた女性たちが、結婚やそれぞれの事情で次々と辞めることになった。
中には、あまりにも酒癖が悪く、こちらから他のお店を紹介して辞めてもらった女性もいた。
一人辞めると、なぜか続く。
その連鎖は怖いもので、瞬く間に人手不足が深刻な問題になった。
それでも、店の軸になっている女性たちは変わらずいてくれたので、さほど危機感を抱いていたわけではなかった。
それでも急いで、アルバイト情報誌で募集をかけることにした。
このアルバイト情報誌というのが、なかなかの曲者だった。
その週によっては、問い合わせの電話が一本もないこともある。
かと思えば、突然、何本もの電話が殺到することもある。
ところが今回は、まるで宝くじにでも当たったようだった。
面接に来る女性が、揃いも揃って美人ばかりだった。
私は自分の幸運に、思わず感謝した。
その中でも、蓉子ちゃんという女性は、決して若いという年齢ではなかったが、色白で品の良い美人だった。
そして、持って生まれたものなのだろう。
人を自然に惹きつける、不思議な魅力を持っていた。
もう一人は、早紀ちゃん。
こちらも美人だったが、どことなく表情が乏しく、暗い印象があった。
それでも、それを上回るほどの美貌があったので、来てもらうことにした。
『クラブ結』の中心になっている女性は三人だった。
一番古株なのが恵美さん。
年齢も一番上だったことから、みんなのリーダー的な存在だった。
次が、例の奈津子さん。
たくさんのお客様を持ち、事実上のナンバーワンだった。
けれど本人は、それほど自分がナンバーワンだということを意識していない。
明るくて、誰からも好かれる女性だった。
そして、その次に続くのが唯さん。
毎日のように遅刻するので、みんなから『遅刻の女王様』と呼ばれるほどルーズな性格だった。
それでもスタイルが良く、洗練されていて、お客様からの人気は高かった。
ただ、かなり気の強い女性でもあった。
その他にも何人かの女性がいたが、昼間も仕事をしているため、週に二日から三日の出勤。
戦力としては、なかなか計算できない女性がほとんどだった。
蓉子ちゃんと早紀ちゃんは、夜の仕事が初めてだった。
そこで、まずはカウンターで仕事を覚えてもらうことにした。
ところが不思議なことに、2人が入った初日から、カウンターに座りたがるお客様が多かった。
2人が来てくれたおかげで、店の雰囲気も一段と華やかになったように感じた。
その効果は、すぐに数字にも表れた。
そして、私が想像していた通り、蓉子ちゃんは持ち前の魅力で、あっという間に人気を集めていった。
それから一年が過ぎた。
ある秋の夜のことだった。
美月の古いお客様である三木さんが、どこかのお店の店長らしい男性を連れて来店した。
三木さんは蓉子ちゃんのファンだった。
普段はBOX席に出ることのない蓉子ちゃんだったが、三木さんの席だけは例外だった。
その夜も、蓉子ちゃんが席につくことになった。
『こんばんは。わあ! お待ちしてました』
『やあ、蓉子ちゃん。元気そうだね』
『ええ。三木さん、この前のゴルフはどうでした? 天気が悪かったから心配してました』
『嬉しいね。こんな美人さんに心配してもらうなんて。ところで蓉子ちゃん、今日はこちら、真田さん。ここの近くのお店のマスターで、俺の大学の後輩なんだよ』
『只今ご紹介に預かりました、真田です。マコトの田と書いて真田。真田を宜しく!』
『やだ、真田さん。選挙運動みたい』
その場にいた全員が大笑いした。
『いやいや、これまた失礼!』
真田さんがおどけて何かを言うたびに、みんなが笑った。
その場はいつの間にか、和やかな空気に包まれていた。
真田さんは、スポーツ選手のようなしなやかな体つきをしていた。
精悍な顔立ちからは想像できないほど明るく、人を和ませる才能があるようだった。
『真田さん、私、蓉子と言います。宜しくお願いします』
『蓉子ちゃんかぁ。太陽の陽子ちゃんかな?』
『いいえ。芙蓉という花の名前からとったって、母から聞いてます。本当かどうか分かりませんが、芙蓉の花は昔から美しい女性の例えにもなっているみたいで。綺麗になるようにって、付けたようです』
『そうか。芙蓉の蓉子ちゃんね。お母さんの期待通りだね』
そう言いながら、真田さんがそっと蓉子の手に触れた。
その瞬間だった。
蓉子の身体に、電気が走ったような感覚があった。
突然のことで動揺した蓉子は、それを隠すように急いで名刺を差し出した。
『遅くなりました。私の名刺です』
その名刺には、携帯電話の番号まで手書きされていた。
『なんだ、蓉子ちゃん。この後輩が気に入ったのか? 蓉子ちゃんの目が輝いてきたぞ!』
『やだ、三木さんったら。そんなことないですよ。私の名前の意味をお話ししてたの』
『蓉子ちゃんの名前の意味? 俺なんか一度も聞いたことないぞ!』
その日は、最後まで笑いに包まれていた。
誰もが、何事もなく楽しい夜が終わったと思っていた。
美月もそう思っていた。
この時の私は、蓉子ちゃんがこれほど早く店に馴染み、これほど多くのお客様に愛される女性になることを、ただ嬉しく思っていた。
そして何より――
これからも、彼女は『クラブ結』の仲間として、一緒に頑張ってくれる。
そう、当たり前のように思っていた。
まさかその一年後、
蓉子ちゃんと奈津子さんが2人揃って突然店を辞めることになるなんて。
しかも、それが真田さんと結託した上でのことだとは――
この時の美月は、知る由もなかった。