【連載小説】第95話 新しい人生へ

【連載小説】第95話 新しい人生へ

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『それが……一緒に暮らしている人で』

友子ちゃんは血のにじんだ唇をそっと押さえ、小さな声で答えた。

『一緒に暮らしているって、お姉さん?それともお友達?』

『姉というわけでもないし、友達とも少し違うんです。うまく説明できなくて……』

言葉を選びながら話す友子ちゃんの姿に、私は胸が締めつけられた。

『その人が、この傷を?』

友子ちゃんは黙ったまま、小さくうなずいた。

『でも、こんなになるまで傷つけるなんて普通じゃないわ』

『私が悪かったんです。怒られるようなことをしてしまったので……』

私は思わず首を振った。

『事情は分からない。でも、誰にもこんなことをされていい理由なんてないと思う』

友子ちゃんは俯いたままだった。

『このままの生活じゃいけないって、自分でも思うんです。でも、どうしたらいいのか分からなくて……』

その言葉は、助けを求める声のように聞こえた。

『ご実家へ帰ることはできないの?』

『母は再婚していて、義理の弟もいます。家へ帰っても、自分の居場所がない気がして……。母も気を遣っているのが分かるので、帰りたくないんです』

話し終える頃には、友子ちゃんの頬は涙で濡れていた。

美月は何か励ましの言葉を探した。

けれど、どんな言葉も軽く思えて口にできなかった。

『でもね、このままだけは駄目』

それだけを静かに伝えた。

友子ちゃんは涙を拭きながら、小さくうなずいた。

そして、痛む足をかばうように歩きながら帰っていった。

その後ろ姿が、ひどく小さく見えた。

数日後。

友子ちゃんは無断で店を休んだ。

それまで一度も欠勤したことがない子だった。

嫌な予感がした。

翌日、思い切って電話をかけてみた。

『もしもし。友子ちゃん、いらっしゃいますか?美月と申します』

電話に出たのは女性だった。

『友子は体調を崩していて、今は電話に出られません』

そう言うと、慌ただしく電話は切れてしまった。

それ以上、何も聞くことはできなかった。

私はただ、無事でいてくれることを願うしかなかった。

それから数週間後のことだった。

店へ一本の電話が入った。

『ママですか。友子です』

聞き慣れた声だった。

『友子ちゃん!どうしてたの?心配してたのよ』

『ごめんなさい。本当にごめんなさい』

友子ちゃんは何度も謝った。

『実は……今、北海道にいるんです』

私は驚いた。

『北海道?』

『ママと話をしてから、これからの人生をずっと考えていました。でも、その様子を見て、一緒に暮らしていた人に問い詰められてしまって……』

友子ちゃんは静かに続けた。

『ママに相談したことも全部話してしまいました。そうしたら、お店へ行くことも、外へ出ることも許してもらえなくなったんです』

私は胸が痛くなった。

『私が余計なことを言ったせいね……』

『違います』

友子ちゃんはすぐに言った。

『ママのせいじゃありません。むしろ、あの時の言葉があったから、自分の人生を考えることができました』

その一言に、私は救われた気がした。

『それで、どうしたの?』

『このままでは駄目になると思ったんです』

友子ちゃんの声は、もう以前のような弱々しさはなかった。

『夜中に、その人が寝ている間に家を出ました』

『そうだったの……』

『母に頼んで、離れて暮らしている父の連絡先を教えてもらいました。父は札幌で喫茶店をやっているので、そこへ行こうと思って』

『今は、そのお父さんのところ?』

『はい。今、千歳空港に着いたところです』

私は自然と笑顔になっていた。

『良かった。本当に良かった』

『ママ、ありがとうございました』

友子ちゃんは穏やかな声で言った。

『あのまま東京にいたら、私は何も変われなかったと思います』

『そんなことないわ。変わろうと決めたのは友子ちゃん自身よ』

『でも、最初に背中を押してくれたのはママでした』

しばらく二人とも黙っていた。

『北海道で幸せになってね』

『はい』

短い返事だった。

でも、その一言には、新しい人生へ歩き出す決意が込められていた。

電話を切ったあと、美月は静かに息をついた。

あれほど心配していた出来事が、ようやく終わった。

数年後。

友子ちゃんは、お父さんの喫茶店を手伝いながら、店の常連だった男性と結婚したと風の便りで聞いた。

その知らせを聞いた時、美月は心から思った。

人生は、ほんの少し勇気を出すだけで、大きく変わることがある。

あの日、友子ちゃんが選んだ一歩は、間違いなく新しい人生への第一歩だった。
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