【連載小説】第108話 運命だと信じた人

【連載小説】第108話 運命だと信じた人

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和子は、美月ママのお店へアフターで立ち寄る時間が好きだった。

クラブの張りつめた空気とは違い、
そこには誰もが肩の力を抜ける温かな雰囲気があった。

今夜も、お客様と一緒に店へ入る。

その時だった。

カウンターに、一人静かにグラスを傾けている男性が目に入った。

どこか物憂げな横顔。

賑やかな店の中にいても、その人だけ時間の流れが違うように見えた。

思わず目を奪われる。

その男性が、唐澤だった。

お客様を美月ママに預けると、和子は自然とカウンターへ近づいた。

『お一人ですか?』

唐澤は静かに笑った。

『そうなんです』

その笑顔は派手ではない。

けれど、不思議と人の心を和ませる笑顔だった。

気づけば二人は、昔から知り合いだったように話していた。

仕事のこと。

故郷のこと。

好きな食べ物。

何でもない話なのに時間が過ぎるのが早い。

別れ際、和子は少しためらいながら名刺を差し出した。

『また、お会いできたら嬉しいです』

唐澤はその名刺を大切そうに受け取り、小さく頷いた。

『きっと、また』

その一言だけだった。

けれど、その言葉が和子の胸に残った。

それから二日後。

店に一本の電話が入った。

『唐澤です』

その声を聞いた瞬間、胸が高鳴った。

待ち合わせをして食事をし、街を歩き、気づけば時間を忘れていた。

一緒にいるだけで心が安らぐ。

そんな相手は久しぶりだった。

その夜、二人の距離は自然と縮まっていった。

無理に言葉を交わさなくても、お互いの気持ちは伝わっているような気がした。

和子は、この人になら自分の本当の気持ちを話せるかもしれないと思った。

それから三か月。

二人は時間を見つけては会うようになった。

ある夜。

静かなホテルの部屋で、和子は堰を切ったように胸の内を語り始めた。

『私……もうこんな生活、疲れちゃった』

家族のために働き続ける毎日。

自分の夢よりも、生活費や治療費が優先される現実。

誰にも弱音を吐けず、一人で抱え込んできた苦しみ。

唐澤は何も遮らず、ただ黙って聞いていた。

『俺さ、近いうちに大きな仕事をする予定なんだ』

穏やかな声だった。

『それがうまくいったら、和ちゃんを幸せにできる。

もう苦労なんてさせない』

和子は思わず涙ぐんだ。

こんな言葉をかけてもらったのは、初めてだった。

『本当に……』

『もちろん』

『私だけじゃないの。

家族もいるの。

そんな私でもいいの』

唐澤は優しく微笑んだ。

『好きになった人の大切な人なら、俺にとっても大切な人だよ』

その言葉が胸に染みた。

張りつめていた心が、少しずつほどけていく。

和子は静かに涙を流した。

ようやく、自分にも幸せが訪れるのだと信じた。

その優しい横顔を見つめながら、

彼のためなら、何でもできる。

そんな思いが、静かに心の中で芽生えていた。
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