【連載小説】第47話 静かな侵食
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あれから、どれくらいの時間が経っただろう。
美涙は完全に復活し、
再び店のナンバーワンとして君臨していた。
そして美月もまた、
ベスト5の常連となり、
この世界の楽しさを知り始めていた。
——そんな頃。
暑い夏の夜。
美月の部屋は、
いつの間にか“週末の溜まり場”になっていた。
麻雀牌の音。
笑い声。
料理の匂い。
女たちと、男たちと、
少しだけ現実を忘れる場所。
『今日のおすすめは?』
『特製の冷汁』
『またそれ?』
『文句言うなら食べなくていいよ』
くだらないやり取り。
それが、心地よかった。
この場所には、
それぞれの事情を背負った人間が集まる。
そして——
その中に、ひとり。
どこか異質な空気をまとった女がいた。
こずえ。
まだ入ったばかりの新人。
整った顔立ち。
強そうな目。
そして——
妙に計算されたような距離感。
『もう帰りましょうよ』
甘えた声で、
川上に身体を寄せる。
その仕草は自然で、
でもどこか——
作られているようにも見えた。
『あと半チャンだけ!』
笑いながらも、
視線は離さない。
『お寿司食べたいな』
その一言で、
空気が変わる。
欲しいものを、
躊躇なく口にする女だった。
『こずえさん、ちょっと手伝ってくれる?』
蘭子の声にも、
一瞬で表情を変える。
『は?なんで私が?』
その一言で、
場の温度が下がった。
そして——
彼女は、あっさり帰った。
川上を連れて。
——その夜。
こずえの部屋。
広すぎる空間に、
二人の距離だけが近い。
『奥さんいても、関係ないわ』
さらりと、言い切る。
川上は笑いながらも、
少しずつ飲み込まれていった。
居場所のない男と、
それを見抜く女。
『分かってくれるのは、君だけだ』
その言葉を、
待っていたかのように。
こずえは、微笑んだ。
その夜——
一線を越えた。
それからというもの。
川上は、毎日のように店に現れた。
こずえを指名し、
こずえのために時間を使い、
こずえのために金を使う。
すべてが、
自然に見えた。
けれど——
それは、少しずつ。
確実に。
何かが侵食されていく過程だった。
『ねえ、お店出したいの』
数ヶ月後。
こずえは、そう言った。
タイミングも、言葉も、完璧だった。
『一緒に見に行ってほしい』
頼られることで、
男は簡単に動く。
その日、二人は物件を見に行った。
小さな店。
駅の近く。
夢としては、ちょうどいい。
現実としては——
まだ早い。
『決めようかな』
その一言が、
妙に軽く響いた。
その夜。
食事を終え、
部屋へ戻る。
『ちょっと電話していい?』
川上は、妻に連絡を入れた。
安心させるための、嘘。
それから数分後、
川上は笑みを浮かべながら戻ってきた。
『ねえ、大事な話があるの』
こずえは、
耳元で囁いた。
甘く。
静かに。
——その時。
まだ誰も知らなかった。
偶然のいたずらが起こす
まさかの事態になろうとは。