私は、高校まで野球をしていて、多くの怪我に悩まされました。この経験から、ヘルスケアの世界に足を踏み入れることを決意しました。鍼灸師・アスレティックトレーナーの資格を取得し、さらに自分の知識と経験を深めるために留学し、今年米国のアスレティックトレーナー資格を取得しました。
高校時代、私は重度の脳振盪を経験しました。練習中に飛んできたバットが頭に強打し、そのまま意識がなくなりました。そして、数秒後に意識が戻り、激しい頭痛と吐き気に襲われ、病院で診察を受けました。幸いにもなにもなかったのですが、少しずれていたら命の危険があったと言われました。事故当時は現場にアスレティックトレーナーはおらず、適切な処置を受けることができませんでした。そして頭痛やめまい、集中力の低下に悩まされる日々が続きました。今でもその記憶は鮮明に残っています。
その後、病院での検査や治療に加え、鍼灸院や整骨院での治療も受けるようになりました。そこで出会った素晴らしい鍼灸師や柔道整復師の方々が私の治療に尽力してくれました。鍼灸治療を受けるうちに、症状が徐々に改善されていくのを実感し、その効果に感動しました。彼らの支えと治療のおかげで、再びスポーツに取り組むことができるようになりました。この経験を通じて、私は同じように苦しむ人々を助けたいという強い思いを抱くようになりました。「スポーツ現場でケガによる適切な処置を受けられずに苦しんでいるアスリートをサポートしたい」という目標を持ち、両資格を目指すことを決意し大学へ入学しました。
大学3年生の時、アメリカのアスレティックトレーナーに興味を持ちました。理由は、日本におけるスポーツ医学の実践は、アメリカほど進んでいないことに気付いたからです。特に日本のスポーツ現場にはアスレティックトレーナーが配置されていないため、選手が重傷を負ったままプレーを続けることが多い現実に直面しました。一方、アメリカではスポーツ医学が非常に発展しており、アスレティックトレーナーの役割が広く認識されています。この違いを痛感し、短期留学で現地のスポーツ医学を体験することを決意しました。百問は一見に如かずで、どれだけネットで調べても実際に行く方が、何倍・何十倍と経験・体験ができるからです。しかし、コロナウイルスのパンデミックが発生し、そのプログラムは中止となりました。しかし、この経験が逆に私の決意を強める結果となりました。行けなかったことで、アメリカでスポーツ医学を体験したいという思いから、アメリカのアスレティックトレーナーになりたいという思いに代わり、それは一層強くなりました。
大学4年生の5月、学校では鍼灸の国家試験対策が始まり、個別で日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナーの資格を受ける勉強を始めました。そしてその1か月後、留学を決意しました。その時、両親からは鍼灸国家試験に合格、アスレティックトレーナー試験に合格、そして英語の勉強をしてカレッジに入れる英語力を持つことが条件として提示されました。この3つを同時に達成することができるかどうか、不安もありました。バーンアウトしたり、途中で挫折したりしないか、全てが中途半端になってしまうのではないかと悩みました。
しかし、最終的には「もし今その3つを同時進行し達成できないのであれば、それは自分が本当にやりたいことではない。本気で目指しているのであれば、どれだけきつくても達成できる」という考えに至りました。もし失敗しても、それは自分の気持ちがそこまででしかなかったということだと自分に言い聞かせ、改めて留学を決意しました。就職活動の面談では、「とても厳しい」という意見もありましたが、応援してくださる先生方もいました。厳しいのは承知の上で、それでも目指す価値があると確信していました。その面談でも自分の意志は揺らぎませんでした。
大学卒業後、私は日本スポーツ協会アスレティックトレーナーと鍼灸師の資格を取得し、渡米そして今年米国のBOC公認アスレティックトレーナーになることができました。
アメリカでの経験を通じて、私は日本のスポーツ医学の発展に貢献し、スポーツ現場でのサポートを充実させたいと考えています。
同じような悩みを持つ方や目指している方に、私の経験が少しでも役立つことを願っています。
もし同じような境遇にいる方や、アスレティックトレーナーや鍼灸師を目指している方がいれば、ぜひコメントでお話を聞かせてください。一緒に日本のスポーツ医学をより良くしていきましょう!