何かに期待して、そして何かに落胆して、気づいたら諦めてる。
人によってその「何か」は、家族だったり、仕事や恋人、友人、夢だったりする。毎日は選択の連続で、私達は、無意識にいくつかのタスクをこなし、選んだから今があるんだ。だから、いついかなる小さな選択肢であろうとも違う選択をしていたら、違う私がいたのだろう。
今回は、父の日が近いので父について書いてみようと思う。
学生の頃は、目立たないようにただ「無」に徹していた。家でも学校でも。
だから学校の通知表の私は、大人しく「良い子」。
自分の意見など言うこともない、あまり喋らない、つまらなく扱いやすい子、それがわたし。友達にも本音を話したことは一度もなかった。
それは、家でも同じだった。私の父は、いわゆる毒親で、酒、ギャンブル、暴力が毎日の日課であり、ルーティーンだった。
この時期の私は、毎日無力を感じていたし、家に居たくなかった。ただ普通の家族というものに憧れていた。
でも、変に目立つことをすると目をつけられる。
家でお菓子をつくると、勝手に食べられたり、材料費のことを聞かれたり。500円玉貯金をしていると、ある日定位位置から消えてゴミ箱に捨てられていたり。ムシャクシャするからと、部屋が荒らされて物が壊されていたり。私が何をしたと言うのだろう、そう思っていた。
だから、できるだけ遅くに帰るように公園や学校内、スーパーなどをうろついた。よく考えたらいけないことなんだけど、そのときはそれが最善策だった。母親が帰ってくる23時頃にならないと、安心して過ごすことは難しかった。
だから私は人に期待しない。普通の家族も望まない。ただ毎日が何事もなく終わればいい、そう思っていた。感情を出さなくなり、友達ともなんだか気まずくなり話さなくなった。
あのときせめて、学校では明るく振る舞っていたら何か変わっていたのかな。なんて思うが今の自分は結構気に入っている。今の友人も大好きだ。
人は勝手だから、人に期待してそして落胆して諦める。私も父に勝手に愛情を期待し、父が暴れるたび落胆した。普通の家族になんてなれないのにね。
でもそんな父にも感謝したいことがある。
2へ続く・・・・