【小論文の勉強法】課題解決を探す~里山の機能

【小論文の勉強法】課題解決を探す~里山の機能

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(1)小論文の勉強は「課題の発見と解決」


大半の受験生の勉強は間違っている。

塾・予備校、学校の教師の指導法は間違っている。

いきなり刺激的なことを書いたが、これは小論文に限っての話。

教師は小論文の「文」に特化した教え方をしている。

いくら正しい文法で正しい言葉遣いで巧い文章を書けても、中身が伴わなければ合格はもらえない。

小論文は「文」以前に「論」を固めましょう。

今回はそういう話だ。

「論」とは何か?

それは「課題の発見と解決」にあたる。

こうした観点を強調するのが、SFC(慶應義塾大学照合政策学部・環境情報学部)の小論文になる。

いや、SFCに限らず、「課題の発見と解決」を普段から意識すれば、小論文の書くネタはいくらでも転がっている。

課題なんて簡単に見つからない。

そう嘆く受験生はニュースを読めばいい。

2025年8月14日の新聞記事。

北海小津知床の羅臼岳登山道でヒグマに襲われた登山者が死亡した、という事件は去年のことだが記憶に新しい。

最近、熊に襲われて負傷・死亡する事件が各地で報道されている。

こうした獣害が小論文でいう「課題」にあたる。

(2)課題解決は独自の視点で


メディアでは、獣害に対して、徹底した熊の駆除を求める意見も相次いでいる。

「熊などの動物の命よりも人間の命のほうが大切」

こうした意見はある部分では正論である。

しかし「熊」か「人」か、という安易な二分法は議論を単純化して、世論を偏った方向へと向かわせる弊害に陥る。

正しい議論は「熊の命か人の命」かという二分法ではなく、「熊の命も人の命も両方大事」という弁証法で考えなければならない。

熊も人も両方助かる、そんな都合のいい方法などあるのか。

いきなり結論を考えないこと。

まずは、熊などの野生動物が人の住む街や村に出没して人を襲ったり、農作物に被害をもたらしたりするのはなぜか?

原因を探ることが思考の第一歩だ。

その原因は「里山の荒廃」にある。

ここから導かれる「里山の機能の回復」が獣害対策の結論になる。

(3)里山とは


里山とは、人の住む都市と荒々しい自然に満ちた奥山の間に位置する場所で、都市の生活と自然とをつなぐ緩衝帯(バッファーゾーン)になっているところ。

(この「緩衝帯(バッファーゾーン)」という言葉は重要用語ですので、よく覚えておいてください)

里山は、近代以前(江戸時代以前)のむかしから人々の衣食住を支える資源の供給地であった。

具体的には、 薪炭や食料資源等(山菜、きのこ、野生動物)の供給地、水資源の供給地、水田の肥料(山の木の枝など)の供給地、茅葺屋根で使うカヤの産地である。

棚田等の良好な景観、文化の伝承の観点からも重要な地域といえる。

さらには、生物多様性が保障されている貴重な場所でもある。

里山には、棚田、ため池、小川などの水辺、雑木林、屋敷 スギ・ヒノキ林、果樹園、茶畑、桑畑などの林、河川堤防、田の畦、草刈り場などの草地、集落にある石垣や薪を保存するスペースなど、様々な環境がモザイク的に配置されていた。多様な環境があれば多様な生き物が息づく。農業を営む人間の生活が多様な生物 を育んでいたのである。
(『学生や市民のための生物多様性読本』上赤博文、南方新社、2013年、P3)


生物多様性を担保する一方で、里山は奥山(山岳地帯)の自然の脅威、つまり熊などの野生動物や山崩れや鉄砲水といった自然災害からの被害をやわらげる機能を持っていた。

これが先に述べた緩衝帯(バッファーゾーン)の意味である。

つまり、里山は人の暮らしと豊かな自然とを共存させる機能を持っていた。

ここまでをまとめると、里山の機能として、以下の点が挙げられる。

生活資源の供給、水源のかん養、国土の保全、生物多様性の保全、良好な景観の形成、文化の伝承、野生動物と人間との共生。

(4)里山の荒廃


ところが、里山は中山間地域と呼ばれていている地域とも重なり、人口減少と高齢化が著しく、いま、存続が危ぶまれている。

里山の猟や鹿などの野生動物の個体数を調整していたが、ハンターの減少や高齢化により、熊や鹿が増えている。

また雑木林を伐採してスギやヒノキなどの人工林を植林したことで、野生動物の食料が減少し、農作物やゴミなどの餌を求めて動物が町に降りてきて人間と遭遇して被害を及ぼす。

また、里山の農業の衰退により、田圃が減少して山に降った雨がいきなり川
に集中し、下流域で洪水被害をもたらす。

林業の衰退も土砂崩れの一因となっている。

このような里山の荒廃が獣害の背景となっている。

緩衝帯であった里山(の機能)が失われることにより、野生動物や土砂災害といった自然の猛威が直接、町に住む人々に襲いかかる。



(5)里山の回復


熊などの獣害対策は駆除といった、目先の短期的な対策だけでなく、野生動物数のバランスを保つ里山の機能の回復、地方の復興という長期的な観点から考える必要がある。

里山を回復させるためには、里山に多くの人々を注目させ、人(特に若い人)を呼び込むことにある。

里山に人々を注目させる方法として、たとえば、近年盛んとなっている地方の芸術祭がある。

里山アート.jpeg



芸術祭の例としては、越後妻有トリエンナーレ(大地の芸術祭)がある。

大地の芸術祭のコンセプトのひとつとして里山アートというものがある。

里山アートのわかりやすい作品として、旧ソ連の作家イリヤ&エミリア・カバコフによる「棚田」(の品番号D001、2000年)を挙げる。

この作品は、「伝統的な稲作の情景を詠んだテキストと、対岸の棚田に農作業をする人々の姿をかたどった彫刻を配置。農舞台内の展望台から見ると、詩と風景、彫刻作品が融合した形で現れる。」(大地の芸術祭ホームページより引用)

ちなみに、棚田とは、傾斜地に作られた水田のことで、棚田の風景は「古き良き日本」を創造させる、懐かしさを覚える、日本の原風景であり、棚田の写真を撮りに多くの環境客が訪れる。

棚田は単に農作物の生産だけではなく、多くの人を呼び寄せる観光資源にもなる。

そして、アートにも活用される。

このような地域資源の発見や利活用が、里山に人の関心を集め、若者を呼びよせる契機となる。

こうした里山の機能に着目した論はSFCだけでなく、日本大学芸術学部地域芸術専攻など、多くの大学の入試小論文使えるで材料となる。

ちなみに日本大学芸術学部デザイン学科の総合型入試小論文の課題が、まさに鹿の獣害であった。



(6)参考問題


熊本県立大学環境共生学部環境資源2013年度入試問題「自然との共生」

問題次の文章を読み、以下の問いに答えなさい。120分

被災地で考えたこと「自然との共生」

① いろいろ考えさせられたことの1つが「自然との共生」です。日本は地震国です。地
震に伴う大津波も、過去にも何度も経験しています。また、年によっては1年に10もの台風が上陸する台風国でもあります。モンスーン気候帯に属し、急峻な山林が国土の70%近くを占めるなど、大雨による洪水や土砂崩れなどの自然災害の起こりやすい国です。石巻には、頑丈な護岸堤防がありました。市も人々も安全だと信じていました。しかし、今回の津波はその堤防をやすやすと超え、市内をめちゃくちゃに破壊し、大きな被害を出したのです。地震や津波という自然の脅威の前に、人間や人間がつくったものがいかにもろいかということを痛感しました。私たちはよく「自然との共生」という言葉を使います。企業のCSRレポートなどにもよく登場しますし、町づくりの議論には必ず出てくる言葉です。でも、これまで私たちが使ってきた「自然との共生」とは、とても薄っぺらくて、甘いものだったのじゃないか?と思いました。まるで「箱庭」か何かのように、自分たちに襲いかかってくることのない、自分たちが愛でる対象としての自然を近くに配することを「自然との共生」と言ってきたのではないか、と。
② 石巻をはじめ、ほとんどの町づくりは、「津波が来ても大文夫という、頑丈な堤防を造
る」という、人間の工学で自然の脅威を押え込むという発想が基盤になっています。しかし今回の津波は、人間の工学の想定以上の強さだったので、うまくいきませんでした。では次にはどうしたらよいのでしょうか?もっと強くもっと高い堤防を造ればよいのでしょうか?釜石市でも、堤防を乗り越えて津波が押し寄せ、大きな被害を出しました。以前にこの地を襲ったチリ地震津波を教訓にして建てた巨大な堤防だったのですが。一方で、今回大きな被害を受けた岩手県宮古市でも、姉吉地区にいた住民は全員が無事でした。姉吉地区は一八九六年の明治三陸大津波、一九三三年の昭和三陸津波のとき、集落がほぼ全滅する被害を受けました。生存者はそれぞれ2人と4人だったといいます。この地区の海岸から約五〇〇メートルの山道に、高き住居は児孫の和楽想え惨禍の大津浪」と始まる石碑が建っています。「津波はここまで来た」「ここより下に家を建てるな」「幾年経るもの用心あれ」と刻まれた警告を、集落の人々は守り続けてきました。集落全戸が石碑よりも内陸側に建てられていたため、今回の津波で人命にも家屋にも被害はなかったそうです。
③昔から、アジアのモンスーン地帯には「氾濫原(はんらんげん)」がありました。台風などの大雨が降ると、洪水が起き、川の水が氾濫します。しかし、その氾濫のおかげで上流からの栄養が土地に行きわたり、その後の農作物の収穫を支えてくれるのだから、氾濫をむりに止めるのではなく、ときどき川が氾濫するだけの余地を「氾濫原」として置き、もともとはそこには人は住まないことになっていたといいます。自然の揺らぎにあわせて人間のほうが身を引いていたのです。人口が増加し、「お金を払えばどこに家を建てても勝手だろう」という風潮が広がるにつれ、氾濫原に家が建てられるようになり、台風や洪水の被害が大きくなったとも言われます。そういう川の近くに住みながら、高い堤防など工学に自然の脅威を抑え込むものを求めるようになります。
④「生かされている」という、(英語にはしにくい)日本もしくは東洋の考え方があります。生きとし生けるものだけではなく、命のないものも含めて、あらゆるものがつながってあみだす網の目の一つの部分として自分が存在しているという意味合いです。老荘思想は、天(宇宙)の大もとのあり方―それをこちらが操作しようとか、抵抗しようとかするのではなく――に、自分のあり方を合わせていくのがいちばんスムーズな生き方だという考え方ですが、それを代表する概念が「無為自然(むいしぜん)」です。家をすべて流されて、避難所なっている地元のお寺で、高齢者など数十人の避難者のお世話役をしながら暮らしている女性が、「海が大好きなんです。津波が来て、家は流されましたが、仕方ないと思っています。テレビでは、海に裏切られたとか海を恨んでいるとか言いますが、自分はそんなふうには思ったことはありません。海が好きで海の近くに住んでいるのだから、仕方ない。また海のそばに住みます。今度はもうちょっと高いところに住もうと思っていますけど」と話してくれた時、この言葉を思い出したのでした。
無為自然の「自然」は「自ずと然り」という意味ですが、老荘思想では、そのためには無為が大事だと説きます。「無為」の逆は「人為」です。人が何かをしてコントロールしようとすることです。工学的な技術を持って津波を抑えようとか、洪水を抑えようとすることは人為です。私たち人間は、自然を抑え込むべき対象としてみるべきなのでしょうか。それともそのゆらぎに自らの身を任せるのでしょうか。今回の震災は、私たち人間と自然との関係性や距離感を再考させる大きな機会になりました。石巻をはじめ、被災地では「地域の復興・町づくり」に向けた話し合いや取り組みが始まっています。「より高くて強い堤防を」という町づくりになるのか、今回の津波の記憶と「ここから先は自然の領域なのだから、住んではいけない」という学びを未来へ伝えていく町づくりになるのか。1つの正解があるわけではないでしょう。しかし、これからの町づくりでは、短期的な効率だけではなく、中長期的なしなやかな強さ(復元力、レジリエンス)を高めることも重視してほしい――そう強く願っています。
(枝廣淳子の環境メールニュース(被災地で考えたこと「自然との共生」より一部抜粋・改変)

注.CSRレポート
企業が、環境や社会問題などに対して企業は倫理的な責任を果たすべきであるとするCSR(企業の社会的責任)の考え方に基づいて行う、社会的な取り組みをまとめた報告書のこと。

問1筆者は「自然との共生」についてどのようにあるべきと考えているか、四〇〇字以内で説明しなさい。
問2人間の様々な活動は、科学技術の開発やその技術を用いた産業活動の進展とともに自然を容易に改変できるほどの力を持つようになり、21世紀初頭には様々な環境問題が表面化してきた。この環境の世紀に向き合いながら、これから「自然と共生する社会」をつくり上げていくためには、どのような価値観や施策が重要であるか、八〇〇字以内であなたの考えを述べなさい。








解答例

問1
従来の「自然との共生」観は軽薄で甘いものであった。自然を観賞用の卑小なものと捉えていたが、地震や津波という自然の脅威の前に、人間や人間がつくったものの脆弱性を痛感した。東日本大震災を契機として、私たち人間と自然との関係性や距離感を再考させる大きな機会となった。短期的な効率の下、人間の工学的な技術に基づく高くて強い堤防によって自然災害から集落を守るという、人間が人為的に自然をコントロールしようとすることばかりではなく、自然を人間が操作し、自然に抵抗するのではなく、自然に人間が合わせてゆくという老荘思想の無為自然の観点から、自然のゆらぎに人間、自らの身をまかせ、津波の記憶と過去の自然災害から学び取った教訓に基づき、自然との適度な距離をはかりながら共生することによって中長期的なしなやかな強さを高めることも重視してほしい。

問2
「自然と共生する社会」を構築するための価値観は日本の伝統的な神道思想の中に既にあるものだ。神祇信仰では神を自然現象の現れとみなし,落雷や暴風雨などの自然災害をもたらすものとして畏怖する対象と考えた。こうした脅威に対して人間は平伏し、これを祭る。一方、自然を力で抑え込む対象とみなし、自然を人間が工学的な技術によってコントロールするという従来の考え方は、人間を「万物の霊長」として,神から自然に対する支配権を委託されたと考えるキリスト教的自然観に起源を持ち、その限界は東日本大震災の津波災害や原発事故によって露呈している。
「自然と共生する社会」を構築するための施策として、学校や地域での環境教育を通して自然との理想的な関係を学ぶことが求められる。そのために地域文化の維持が重要である。神道の自然観を受け継ぐ鎮守の杜を守り、豊かな自然との共生を第一義に考える。さらに、人間の生活と自然との適度な距離感を保つための法整備が急がれる。サンクチャリーや世界遺産などの制度の活用に加えて、国や自治体の自然保護立法を通して乱開発を防止する。市民自らが土地を購入して自然環境を保護するナショナルトラスト運動を促進する。東日本大震災では、想定外の津波が原発施設を襲い、事故被害が拡大したが、こうした科学の限界を考慮に入れた上で、原発再稼働に際しては厳しい審査基準を設ける必要がある。        
周囲を海に囲まれ国土の多くが山林という自然環境の日本では、産業社会以前から自然とうまく折り合い、距離を保ちながら人びとは生活してきた。地球環境問題が深刻化し、地震や津波の猛威を目の当たりにした現在、「自然との共生」に向けた新たな価値観を創出しなくてもよい。私たちが祖先から継承してきた自然に対する態度にもう一度光をあて、そのなかに秘められた叡智を謙虚に学び、これを施策に反映させることによって、直面する危機を乗り越えることができると考える(800字)。












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