【短編小説】大縄跳び

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僕は同じクラスの畠中くんに何故か凄く気に入られている。
と言っても畠中くんにはちゃんと好きな女の子がいるわけで僕のことを恋愛対象と見てるわけじゃないんだ。
ちなみに僕はと言うと、畠中くんの相手は正直面倒臭い。

畠中くんとは中一の時から同じクラスで、それもあってかよく絡んでくる。嫌いなわけじゃないんだけど、彼は実は知的障害者。やっぱり対応が難しいことがよくある。
そんな彼は最近僕に恋愛相談ってわけじゃないけど、好きな人の話をしてくるんだ。一応他の人には聞かれたくないらしく、本人は僕にしか話してないつもりだが、まわりには結構バレバレ。だがそこは繊細な彼の心を折ってはいけない、と当たり障りのない感じで聞いていた。

そんなある日の昼休み、クラスの女子三人から呼び出され中庭に向かった。まさか告白されるのかと期待を胸に行ってみた。
まず三人のリーダー格である荒木さんが口を開いた。
「悪ぃな急に呼び出して。ユキのことで聞いて欲しいことがあってさ」
そう言うと、右隣でうつむいていた嶋田さんを促す。しかし小さくウンと声を漏らしうつむいたままの嶋田さんを見兼ねて、今度は荒木さんを挟んで左側で退屈そうにしていた三上さんが嶋田さんの顔を覗き込む様にして、
「ユキさぁ~、いい加減言わないと話進まないよ?」
と促した。いよいよこの後コクられるのかと、いっそう高鳴る期待に胸踊らされているとあることに気付いた。
嶋田さんは畠中くんが好きと言っていた人。
僕は特に好きな人とかいなかったし、嶋田さんくらい可愛い人ならOKなんだけど、さすがにそれじゃ畠中くんに悪いのかな。いや、こういう時は自分優先っしょ。
女子達がもたついているほんの数秒数分の間に僕は告白を受ける決意をした。畠中くんには悪いけど、僕は畠中くんと仲いいわけじゃないしね。
所詮一方通行の友情。嶋田さんへの愛情という点でも現時点ではないが、面倒臭い男子同級生と可愛い女子を天秤にかけりゃそりゃ誰だって可愛い女子を選ぶ。というより天秤にかけるまでもない。

鼓動を高鳴らせながら一通り決意を固めると、いよいよ肝心の嶋田さんが顔をあげ、口を開いた。
「あの…、畠中くんとよく話してるじゃない?」
あれ?
想像していたのと違う第一声に疑問に思うも、質問に否定するわけにもいかず、
「う、うん…」
と答えた。何だこの流れは?まさか畠中くんのこと好きなんて言わないよな、また数秒でそんな考えが巡った。嶋田さんは続けた。
「なんか畠中くんにストーカーっていうか…なんかそんな感じでされてて」
嶋田さんは言ってる途中で声が弱々しくなってきた。目も潤んできている。
「クラスの皆、畠中くんがあたしのこと好きっての知ってるし、それで冷やかされたりとか、変な風に思われたり…」
いよいよ泣きそうになっている嶋田さんを、よく言ったと言わんばかりに荒木さんが制しこう言った。
「そういうわけだからさ、畠中のやつにガツンと言っといてくんない?ま、言ってもわかんねーかもしんないから、ユキが嫌いって言ってたとか言ったら?」
そう言い、荒木さんは嶋田さんの肩に触れ、そのまままわれ右で戻っていった。
僕への告白かと思ってドキドキした数分前とはうって変わって、僕の中には怒りの感情が芽生えていた。何もわかってない。そんな気持ちになった。むしろ、そ んなひどいことを彼女達自身でやられずによかった。教室に戻ると、畠中くんの屈託ない明るい笑顔が待っていた。僕は当然畠中くんにその話は告げなかった。

それから数日間、僕はその出来事のことばかりを考えていた。三人の女子達に対しての苛立ちや、時には畠中くんが嶋田さんに実際どんなことをやっていたのだ ろうと、多少冷静に考えてみたりもした。その間僕は変わらず畠中くんとは絡んでいた。もっとも僕が話し掛けたりしなくても彼から絡んではくるのだが。対し て、荒木さん達とはその日以来口を聞いていない。同じクラスだから数日口を聞かないとさすがにむこうも雰囲気を悟っているだろうか。微妙なところだ。
ちなみに今まで男子の友達から畠中くん絡みのことを言われたことはない。優しいのか面倒臭いのか関心がないのかはわからない、が、こういうことはそっとし ておいて欲しいものである。畠中くんは僕とばかり絡んでくるが、僕が他の男子と絡んでいる時は輪に入ってくることは少ない。だから他の男子とずっと一緒に 居続けると畠中くんが独りになってしまうことも多く、気を遣って自分の席で大人しくしてるところに彼がやってくる、このパターンが通例だ。しかし今日は珍 しく自分から畠中くんに話し掛けてみた。
「嶋田さんはどう?」
言った瞬間、意味不明な質問だなと自分でも思った。彼は絵に描いた様にモジモジしだした。
「んとねぇ、んとねぇ、行く時に会った」
どうやら登校中に偶然会った様だが、もちろんそんな話を聞くつもりで質問したわけじゃない。じゃあ何を質問したかったのかと聞かれると明確な答えは出ないけど、僕はこれでいっか、と出口のない雑談を次の授業開始までした。

その日の昼休み、数日口を聞いていなかった嶋田さんが、
「ちょっといい?」
と半ばまわりを気にしながら声をかけてきた。僕達は人目のつかない旧校舎の裏へと向かった。
「この前はゴメンね」
申し訳なさそうに言ったその顔が、あの日の彼女のうつむいた顔に重なった。
「…畠中くんには、その…言った?」
彼女は一言一言を遠慮するように発した。僕は無言で首を横に振った。その瞬間、緊張で極めて固まっていた彼女の顔が明らかに緩んだ。
「よかったあぁぁ~」
彼女は心からホッとしていたようだった。しかし僕には疑問だった。そう指示したのは彼女達だったのに。そう思った瞬間、先程重なった彼女の重い表情、教室 を出るまで周囲を気にしていたこと、ことの発端は荒木さんに呼び出されたことが頭をかけ巡って、何かに気付きかけた。そこへ嶋田さんは、
「とにかく本当ゴメンね、本当ゴメン」
それだけ言って、また申し訳なさそうに教室に戻っていった。
たったそれだけの用事だったけれども、何か深い出来事だった。僕は彼女が教室に戻るその後ろ姿をボーっと眺めていた。

五時間目が始まった。しかしさっきの出来事で頭がいっぱいで授業は全然入ってこなかった。幸いあてられる心配のない理科だったので考えに没頭した。
やっぱり嶋田さんは本心じゃなかったんだな…。ストーカーされてるとか言ってたにせよ一時は口も聞くまいと思ってたけど…。
ふと彼女の方を見ると、むこうも偶然僕を見て目が合い、軽くアイコンタクトしてきた。”二人だけの秘密ね”っていう雰囲気だった。そういえば二人だけってことは、やっぱり荒木さん三上さんは知らないのかな。
そんなこと考えてる間に授業は終わっていた。考え事してると本当早い。何か色んな意味で心が晴れやかになってきたので、次の授業までの休み時間に畠中くんの席に行ってみた。彼はまだ板書を必死に写していた。
「先生書くの早いよ」
無邪気に笑う彼に初めて癒されたかもしれない。

それから一ヶ月半後。もうすぐ期末試験。色々考え事も多くて授業おろそかにしてたから結構ヤバイ。頭のいい友達にノート見せてもらったり、わからないとこ 教えてもらったりしつつなんとか試験まで間に合わすつもりだ。友達は人がいいのですんなり協力してくれる。僕は一つ提案してみた。
「畠中くんも呼んできていい?」
その言葉に友達は少々驚きながらも了承してくれた。畠中くんは少し挙動不振になりながらも、わかるかわからないかわからないけど僕の隣で話を聞いていた。

放課後、帰ろうとする僕に嶋田さんが声をかけてきた。
「最近、畠中くんに自分からいくようになったよね」
話の内容よりも、嶋田さんから話し掛けられたことにびっくりした。なんだかんだであの日以来あまり話していない。
「前は畠中くんの片思いって感じだったけど」
そう言って笑う嶋田さんに、
「それ言ったら嶋田さんにも片思いっしょ」
と答えた。もう大半の人が帰ってしまって、残り少ない人数の教室の片隅で二人は笑う。荒木さんも三上さんもいない。やはり僕には荒木さん達や畠中くんがいない時に話し掛けてくれるのかもしれない。
ふとベランダの外を眺めると、試験前だと言うのに大縄跳びをしている一年生達が目に入った。時期外れのクラスマッチの練習かな…。
日々試験勉強で焦りを感じている僕からは、その一年生達の楽しそうな姿が目に焼き付いた。
「あたし、別に畠中くん嫌いじゃないんだよね。たしかにストーカーチックなことされることもあるけど…」
そう切り出した嶋田さんを僕は制した。
「言わなくていいよ。なんとなくわかったから」
その言葉に、凄く輝いた笑顔で、
「ありがとう」
と噛み締めるように彼女は言った。
「僕が思うに、畠中くんの言う”好き”って、幼稚園とか小学生が言う”好き”みたいなもんだから、あまり気にしなくてもいいと思うよ。」
そう言うと、
「そうなのかな。まぁどっちにしてもあたしは積極的に絡んだりはできないけど…」
彼女はそう答えた。

「僕じゃなくてもいつか皆自然に輪に入れるといいんだけどね。大縄跳びみたいにさ。」

「あたし達みたいにね」
不安の残る試験に向けて、心のわだかまりは解けたような、そんな気がした。


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