競馬場で学んだグリーフ「たかが馬」なんかじゃない。

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コラム
競馬場で出会った馬たちが、私に教えてくれたこと
ペットロスというと、犬や猫を思い浮かべる方が多いと思います。
でも私がグリーフケアを仕事にしようと決意した背景には、競馬場で出会った馬たちとの時間がありました。

競馬場の馬は、特別な存在です。
馬券を買うだけではない。パドックで目が合った瞬間、返し馬で走る姿を見た瞬間、その馬が好きになる。名前を覚えて、次のレースを追いかけて、勝てば一緒に喜んで、負ければ悔しくて。

言葉を持たない生き物なのに、なぜかこちらの気持ちを受け取ってくれているような気がする。それが馬の不思議なところです。

応援していた馬が、突然消える。
競馬を長く嗜んでいると、避けられない現実があります。不慮の事故です。
昨日まで力強く走っていた馬が、突然レースから、そしてこの世から消えてしまう。「たかが競馬の馬」と言われるかもしれない。でも長く追いかけてきた人間にとって、その喪失は本物の悲しみです。

ニュースで知るその瞬間、言葉を失った経験がある方は、きっと少なくないと思います。

一口馬主として、突然死を経験しました。
私は一口馬主として、自分が出資した馬を持ったことがあります。

これからという時期でした。成長を見守りながら、いつかの晴れ舞台を夢見ていた。その馬が突然、逝ってしまった。
悲しみとともに押し寄せてきたのは、絶望感でした。これから広がるはずだった未来が、突然閉じてしまった感覚。
成長を見届けられなかった後悔。
何もしてあげられなかったという無力感。

「馬主なんだから割り切れるでしょ」と思われるかもしれません。でも、そんな簡単な話ではありませんでした。

どんな形の喪失も、悲しんでいい。
家族として暮らしたペットでなくても。
遠くからスタンドで応援していた存在でも。
出資という形で未来を託していた命でも。

どんな形でも、その子がいたことで、あなたの日常は確かに彩られていた。その喪失は、深く悲しむに値します。

「こんなことで悲しんでいいのか」と思わなくていい。どんな形の悲しみも、本物です。
私がグリーフケアの仕事を選んだのは、そう言える場所を作りたかったからです。

あなたのペットとの別れに、寄り添わせてください。
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