「あの時“私が”話を聞いていれば、あの子はまだここにいたんです!」→それは、わからない。

記事
コラム
「あの時話を聞いてあげていれば、彼・彼女はまだここにいたかもしれない」
→そう“かも”しれない。

「あの時“私が”話を聞いていれば、あの子はまだここにいたんです!」
→それは、わからない。

2025/02/10
https://coconala.com/blogs/2997019/528376

他者に、その人生を全うさせてあげられないのはなぜなのか。
本人の決断の尊重する。とは。
人生はテストの答えを探している(「正しい」で測れる)わけじゃないんだから。
2026/01/26
https://coconala.com/blogs/2997019/693764

その本人が“こうしたい”と思えたそれでいいんだよ。

それはもしかしたら
「あなたの嫌いなやり方」かもよ?
それだったらたぶん。
あなたには相談しないよ。

***

だいたい。
お前に止められるものでもないわけよ。
本人の人生ですから。

だから。
本人はお前には言わないの。
それが優しさかもよ。

だって。
最後にあなたと会話して、それきりとなったら。
あなたが気を病むでしょう。

そもそもに。
あなたに何か言われたところで。
考え直すつもりなんかないんだから。


だからね。
人には言わないの。


まして。
「私がそれを止めたんです!」
「私があの人を救ったんです!」
「私は誰かの役に立てるんです!」

と。

偽善(自己満足)に己惚れたい人になんて。



・・・
「資格保持者」がきちんと、それはどう状態・条件において効力を発揮するのか弁えておかないといけないの。
2026/01/07
https://coconala.com/blogs/2997019/685572

「看護師」で言えば、医師の診断の元、患者に一から十まで説明して同意を貰うわけです。
それは病院で、治療においてそう言う関係性があるのです。
「その場所では」ってこと。
それをね。
ココナラとか、日常生活で。
「私は看護師だから私の話を疑うな」みたいな。
そんな仕事の延長線上で生きているのなら。
自他の区別がついていないと言うこと。

また。
カウンセラーは「課題の分離」だろ。
水戸黄門の印籠じゃないんだよ。
勘違いすんな。

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