「無条件の愛に理解のないツインレイ」は“信じられていない”ほうがいいんじゃないの?
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コラム
そこまで言うと究極ですね。
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まぁ。
その話はひとまず置いておいて。
まず。
世の中に「ツインレイなんて知らない。信じてない」みたいな人がいてもいいんじゃないの?
だって。
私だって「それ」を“それ”と知らなかった時間はあります。
最初にその言葉を見つけて、なんだろうと調べた時。
「私には関係ないだろう」と思いました。
厳密に言うと。
(関係のないものであって欲しい)と思って。
“ないもの”としていました。
それも自分です。
なんでってこれですよ。
この傲慢さ。
私は“ツインレイとして”生きる。とは。
「自分ではないものにならないといけないのか」と思ったからです。
まぁ。
それはそれこそ。
私には杞憂のようでしたが。
それに。
それで殊更に優越感に浸った上でさらに被害者面がしたかったわけでもありません。
ツインレイの魂の繋がりを人に言ったら「気のせい」「思い込み」と言われた。と、被害者面したがりますけど。
2025/10/25
https://coconala.com/blogs/2997019/653910
「相手に理解できないことを知っている私」と言う優越感に浸りたいだけ。
相手に理解できないことを知っている私を示す。と言う意味で。
間違いなくその相手を選んでいる。
・・・
だからむしろ。
そんな“無条件の愛に理解のない”ような「ありのままの自分を生きられないツインレイ」は、
(存在を信じられて)いないほうがいいんじゃないの?