物質や積み上げたもので「安定」を主張して。「持つものと持たざるもの」結果の“見える・見えない”で優劣を語る時代は終わったのです。

記事
コラム
その心に何が満ちるのだろうか。



その静寂に手を伸ばしたのに この手に何もつかめないことを恐れている
2025/06/04
https://coconala.com/blogs/2997019/583936

波紋は広がり 
消えてしまった  

そのさざ波は
どこからやってきたのか
・・・



たぶん。「己の内にある不満」を“誰かの役に立っている”で相殺しようとしたらいけないんだよ。
2025/06/25
https://coconala.com/blogs/2997019/599054

もちろん。
多少の偏りとか。
現実の仕事はあるだろうけど。
その不満の解消が“それありき・しかない”になってしまったら。
他者の時間やお金を奪うことになるんだよ。
己に承認を求めて。
・・・



「相手が悪い=私が悪い訳じゃない」にしたいままの人がそうなるのかもしれませんね。己を振り返ったら。自らの過ちを認めることになるじゃないですか。「=相手を変えようとしていた」みたいな。
2025/03/14
https://coconala.com/blogs/2997019/541122

相手の結果は私のもの。
私の結果は私のもの。

「私は正しく生きてきた」みたいな。
「間違えたことはありません」みたいな。
「罰」と言う概念と言うか。
「汚点になる」と言った気持ちと言うか。
なんか受け入れられないんでしょうね。

表向き「世のため・人のため」に生きていると、余計にそうもなるのかもしれません。
・・・

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