ツインレイだからこそ、一緒にいられない。→ツインレイだからこそ、一緒にいられなくても大丈夫。→次「ツインレイとして」
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もはやここから始まるのか。と言う感じですらありますね。
私は自分が「ツインレイとして」成立した気分です。自分がツインレイなんです。と、心から言ってもいいような気がしてきました。
https://coconala.com/blogs/2997019/429340
貴方は私に自由を望んでくれました。
私が、貴方に自由を望むのは道理なのです。
対等な存在として。
道理(どうり) とは?
[名・形動]
1 物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道。ことわり。「—をわきまえる」「—に外れた行為」
2 すじが通っていること。正論であること。また、そのさま。「言われてみれば—な話」
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ツインレイだからこそ、一緒にいられない。
↓
ツインレイだからこそ、一緒にいられなくても大丈夫。
→次「ツインレイとして」
新しいお題が降ってきましたね。
もはや、行きつくところまで行くしかないようです。
なるほどね。
もはや、
「答えはでない」
と言うことになるのかもしれませんね。
「ない」
ではないのです。
「出ない」のです。
だって、“ある”んですもんね。
「ある・ない」の証明のままじゃ確かに、二元論です。
***
まぁ「ある」と言ったって中身のすべてを知っている訳じゃないですし。
じゃぁ将来私たちがどうなるのかって保証はありません。
「“それ(見えない何か)”=魂の繋がり」を信じられるか。
***
破壊と創造は繰り返す。
互いの成長を求めては、
「はじまりは終わり・終わりははじまり」として。
< 永遠の循環 >
それは「無限」です。
― 創造の先へ ―
それは“未知”です。
「答えは出ない」かもしれない。
それでも進んで行けるのか。
ここある“私”を信じて。
私が私で、ある限り。
***
私のために。
貴方のために。
貴方は私です。
私は貴方です。
貴方は貴方で。
私は私です。
私たちは、互いのためにいるのです。
2人で、1つとして。
「存分に暴れてこい」