第四話『元カノと、好きになり始めた人』

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小説
「……え?」

結衣の声が止まる。湊も、梨紗も動けなかった。

夜のマンション前。

冷たい風。

沈黙。先に口を開いたのは結衣だった。

「……なんで湊がいるの?」

その声は驚きと警戒が混ざっていた。梨紗が困惑した顔で二人を見る。

「え、知り合い……?」

湊は喉が詰まる。“元カノ”その一言が、なぜかすぐ出なかった。
代わりに結衣が苦笑いした。

「知り合いっていうか……元彼」

空気が止まる。梨紗の目が大きく揺れた。

「……え?」
「しかも三年付き合ってた」

追い打ちみたいに結衣が言う。悪気があるのか、ないのか分からない。
でも、その言い方に湊は少し苛立った。

「結衣」
「なに?」
「その言い方やめろよ」
「じゃあどう言えばいいの?」

刺々しい空気。別れて半年。
なのに、こういう空気感だけは身体が覚えている。
結衣は昔からそうだった。本気で怒る前ほど、笑う。

「……梨紗、寒いし一回中入ろ」

結衣は梨紗の腕を軽く引く。そこで初めて湊は理解した。


——二人、知り合いなんだ。


しかも“梨紗”って呼び方。
かなり近い。梨紗は気まずそうに湊を見る。

「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝ることじゃ」
「湊、ちょっといい?」

結衣が真顔で言う。昔、何か大事な話をする時の顔だった。

数分後。
梨紗だけ先にマンションへ戻り、湊と結衣はエントランス前に残った。

沈黙。

先に視線を逸らしたのは湊だった。

「……久しぶり」
「今さら?」
「いや……」
「半年ぶりくらい?」

結衣は自販機で缶コーヒーを買う。
昔から、イライラすると甘いコーヒーを飲む癖があった。
変わってない。

「で?」
結衣が缶を開けながら言う。

「なんで梨紗と一緒にいるの?」
「偶然会った」
「偶然で家の前まで送る?」
「……色々あったんだよ」
「ふーん」

信じてない顔。湊はため息を吐く。

「お前こそ、なんで梨紗と?」
「会社の後輩」
「後輩?」
「同じ部署」
そんな繋がりだったのか。世間って狭すぎる。結衣は湊を見つめる。

「ねぇ」
「なに」
「梨紗のこと、好きになった?」

核心だった。しかも、やけに真っ直ぐ。湊は言葉に詰まる。
まだ出会って数時間だ。そんな簡単に——。

「……わかんない」

そう答えるしかなかった。すると結衣は小さく笑う。
「でも気になってる顔してる」
図星だった。悔しいくらい。

「湊って昔からわかりやすいよね」
「そうか?」
「好きな人いる時だけ、目優しくなる」
その言葉に、胸がざわつく。結衣は少し視線を落とした。

「……昔、その目で私見てた」
不意打ちだった。
別れてから初めて聞く、“過去形じゃない感情”。
湊は何も言えなくなる。すると結衣が笑った。

「なにその顔」
「いや……」
「安心して。復縁したいとかじゃないから」

そう言う割に、その笑顔は少し寂しそうだった。湊は聞く。

「さっきの連絡、なんだったんだよ」
「あぁ」

結衣はスマホをポケットにしまう。

「急に湊のこと思い出しただけ」
「なんだそれ」
「コンビニでカフェラテ見て」

心臓が止まりそうになる。それは、湊も同じだった。
別れてからずっと。無意識で手に取ってしまうくらいには。
結衣は苦笑いした。

「……ほんと、タイミング悪いね私たち」
その言葉が、妙に刺さる。もし半年前。ちゃんと向き合えていたら。
仕事ばかり優先しなければ。違う未来もあったんじゃないか。
そんな考えが一瞬よぎる。

でも、その時だった。

マンションのエントランスが開く。
梨紗が戻ってきた。

「あの……」
その顔は、どこか不安そうだった。

「ごめんなさい、変な空気にしちゃって」
「いや、梨紗は悪くない」

湊が言う。すると結衣が突然ニヤッと笑った。

「あ、そうだ。梨紗」
「え?」
「湊、昔めちゃくちゃ重かったよ」
「おい」
「返信5分遅れただけで、“何かあった?”って来るタイプ」
「それ最初だけだろ!」
「しかも付き合うと急に尽くす」
「やめろって!」

梨紗が思わず吹き出す。さっきまでの緊張が少し緩んだ。

「へぇ……意外」
「全然クールじゃないよこの人」
「結衣」
「はいはい」

昔みたいな会話。懐かしい空気。だけど、その中で湊は気づいてしまう。

今、自分が一番気にしているのは——。
“梨紗がどう思ったか”だ。すると梨紗が、小さく笑った。

「なんか安心しました」
「え?」
「ちゃんと人間っぽくて」

その言葉に三人とも少し笑う。

でも次の瞬間。

梨紗のスマホが震えた。空気が変わる。
画面を見た瞬間、彼女の表情が固まった。湊は嫌な予感がした。

「……悠斗?」

梨紗は黙ったまま、ゆっくり頷く。そして。
次のメッセージを見た瞬間


——彼女の顔色が変わった。

「……え?」

「どうした?」

梨紗は震える声で呟く。

「“今、お前の家の下にいる”って……」

その瞬間。

三人の背後から、低い男の声が聞こえた。


「——梨紗」


振り返る。街灯の下。
一人の男が立っていた。その目は、真っ直ぐ湊を見ていた



最終話へ続く
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