ヘッダ画像をご覧ください。三線です。
経緯は忘れましたが、弦楽器とくに民族楽器に強い興味と憧れが有りました。
で、安いラップハープを手に入れ独学で覚えてつま弾いたりしていまして。
うちは過干渉な親のせいで、成人後・就職後もなかなかお金を自由に使えなかったんですが…結婚が決まった頃、やっとこさ自分で自分が稼いだお金を使えるようになった頃、よし!と色々と手を出し始めたんです。
育った家庭の周囲には何故か地主・画家・音楽家・タレント・高学歴のセレブ様が多く、そんな中に建っていた長屋暮らしでした。
見栄っ張りで世間体しか考えていない、過干渉の親からはそれこそ周りの家庭の子供と比較され「●●ちゃんはこんなに××なのに、あんたはどうして」と毎日のように文句を言われていましたが、文句を言う割に教育に力を入れる訳でもなく(貧乏でしたからね〜w)、そういうのもコンプレックスだったんでしょうね。
文章に関しては、なんかコンテストで優勝した事もあり、どっかの関連雑誌だったかに掲載されました…アレ、なんだったかなぁ。
イラストや漫画はこそこそと学生の頃から続けてたんですが、いわゆる芸術ジャンルに入る音楽に関しては、どうしたら良いのか判らずただただ憧れだけが強い状態でした。
で。
習い事紹介雑誌みたいなものが出ているのに気付き、最初に飛び込んだのがボーカル教室でした。
歌うことも好きだったんで、カラオケ上達したらエエねぇ程度の認識で申し込んだんですが…とんでもなかったです。
入ってから気付いたんですが、そこってヤマハのボーカルコース…プロ養成コースの予科っぽい所でした…
体験レッスン時の言葉「1年目は歌詞の有る歌は一切歌いません。基礎練習のみです」にビックリしましたが反面ワクワクしたので申し込んだんですが。、腹筋、発声をみっちり1年、2年目からは課題を歌う、的な。
カラオケレッスンとか合唱レッスンだと思って入ってきた人が多かった様で、30人ほど居た生徒が1年経たずに8人、5人と減り…結果的に3人になりました。
で、当時の仕事がとんでもなく忙しい内容で…3年目を迎えた所で辞めてしまったんですが…ホンマに残念。
実際のスタジオで録音実習としてレコーディングも経験、楽しかった!
楽譜は上手く読めませんでしたが、歌唱力は鍛えられました。歌う表現力は褒めて頂いたので良いかなとw
何か良く判りませんが…私はコブシが廻るタイプの歌唱タイプらしく、演歌とか得意になりました(笑)。
数年後、今度はmiki音楽教室に参加してしばらくボーカルレッスンを習いました。
そこから弾き語りが出来たらなぁと思ったんですが…ギターが難しくて挫折し、そこからウクレレを習い出したり、何故か津軽三味線を教えて頂いたり。
そして、沖縄民謡に触れ三線に手を出し今に至ります。
その間にVOCALOIDブームがやってきて、機械やソフトが歌うと言う事が当時非常に衝撃を受け興味を持ったので、ソレ系でも色々やってました(音楽的知識が皆無なので散々叩かれましたが、メゲませんでしたw)。
歌うことも好きで何かと口ずさみます。
ただ、元々がオタク気質だったのを以前勤めていた会社がそっち系の業界だったのでさらに強化(悪化?w)されてしまい、無駄にアニメや特撮に詳しくなってしまい…カラオケに行くとソレ系を歌うばーちゃんになってます(^^;;
コロナの影響もあり、教室が閉鎖されちゃったり長期休止が続いたりで、今は自宅で練習する形になっていますが、時間があればとり出して弾き語ったりしてますよ。
十八番は「イラヨイ月夜浜」と「童神」。
mikiでボーカルを習っていた頃、発表会で三線片手に歌いました。
少々ミスもしましたが、三線で弾き語りと言うのが珍しかったらしく「次はどの沖縄曲やるの?」と良く色々な人に聞かれました…が、あまのじゃくなので、その次の発表会では自作の曲をDTMでオケを作り、それを歌ってやりました(笑)。
弦楽器の音色が好きです。
特に三線の音色が好きです。
カチャーシーを含め、速弾きは鈍くさいのでまだまだ出来ませんが、それでも沖縄民謡をつま弾きくちずさむと心が落ち着くんです。
でも、沖縄って行ったこと無いんですよね。
いつか行きたいなぁと思いをはせながら、今日もごそごそと三線を引っ張り出して弾いてます(笑)。