菩提寺のご住職から、
長男家の連絡先を教えていただきました。
突然電話をするのも失礼かと思い、
まずは手紙を書くことにしました。
事情を簡単に説明し、
先祖のことを少し教えていただけないか、
そんな内容でした。
しばらくすると、
一本の電話が留守電に入っていました。
慌てて折り返すと、
受話器の向こうから聞こえてきたのは
とても穏やかな声の男性でした。
隣町とのことだったので、
日を決めて車で伺うことになりました。
はじめて会う方です。
正直、
断られたらどうしよう、、、
という気持ちもありました。
けれど、
実際に訪ねてみると、
とても温かく迎えてくださいました。
お店に入った瞬間、
ふわっと木の香りが広がります。
そこは、
家具屋さんでした。
電話で聞いた声の印象もあってか、
根拠はないのですが、
「きっといい話が聞ける」
そんな気がしました。
考えてみると、
こうして初めて会う親戚の方と
向き合って話をする。
こういう出会いは、
先祖調査をしていなければ
生まれなかったものです。
ただ、
ひとつ気になったことがありました。
家具屋。
なんですよね。
これまで調べてきた話では、
あの地域は漁師が多い場所です。
菩提寺でも、
漁に出て帰ってこない人の話や、
漁師の暮らしぶりについて聞いていました。
ところが、
目の前にあるのは家具の店です。
聞けば、
この家は家具屋の三代目とのことでした。
ご主人のお祖父さんが
修行をして店を始めたのだそうです。
そして、
もう一つ興味深い話も聞きました。
なぜ隣町に店を出したのか。
それは、
同じ町に出すと商売が重なってしまうから。
商圏が重ならないように、
あえて隣町で店を始めたのだそうです。
家の歴史というのは、
一本の道ではなく、
思いがけない方向へ分かれていくものなのかもしれません。
もし、
あなたの家の仕事を
三代、四代とさかのぼったら、
今と同じ仕事でしょうか。
それとも、
どこかで大きく変わっているでしょうか。
家の歴史は、
思っている以上に
いくつもの分かれ道を
通っているのかもしれません。
話をしているうちに、
ご主人がふと思い出したように言いました。
「昔、網元をやっていたと聞いたことがあります」
網元。
やはり、
海と関わりのある家だったのかもしれません。
さらに、
こんな話も出てきました。
昔、親族の中に
大きなお金を借りて事業を始めたものの失敗し、
村にいられなくなった人がいたそうです。
その人は、
釜石へ行き、
一旗あげて戻ってきたのだとか。
その話を聞いたとき、
母がふと口にしていた言葉を思い出しました。
「うちの家は昔、釜石の方に行っていたらしい」
母は、
それ以上のことは知りませんでした。
けれど、
もしかしたら
同じ話なのかもしれない。
曾祖父なのかもしれない。
そんな気がしました。
帰り際、
ご主人は古い戸籍や
先祖の名前が出てくる契約書なども
見せてくださいました。
調査は、
少しずつ形を持ち始めていました。
けれど、
すべてが分かったわけではありません。
むしろ、
新しい疑問が増えていきます。
このあと、
もう一つ気になることが出てきます。
それは、
家紋の話でした。