【第十四話】小さな道標

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コラム
戸籍に記されていた本籍地。
そして、郵送で取り寄せた旧土地台帳の地番。


その数字を手がかりに、
私は実際にその場所へ行ってみることにしました。


地図を見ながら歩いて辿り着いたのは、
静かな住宅街でした。


海岸までは二、三本の通りを挟んでいる。
港町といえば、船着き場や作業場の気配を想像していましたが、
目に入るのは普通の家並みです。


ところどころに店はありますが、
どちらかと言えば落ち着いた住宅地です。


本当に、ここなのだろうか。



地番を確認しながら立ち止まります。


目の前には一軒の家。


もちろん、百年以上前の建物ではありません。
それでも、


「ここで暮らしていたのかもしれない」


そう思った瞬間、
少しだけ胸が熱くなりました。


戸籍の文字でしか知らなかった場所に、
自分の足で立っている。


それだけで、
遠い存在だった先祖が、少しだけ近づいた気がしました。


けれど同時に、
違和感もありました。


港町という印象とは違う。
船着き場も見えない。
漁師町の匂いもしない。


通りに出ると、
小さな道標が立っていました。


「鍋町」


その文字を見て、
ここが確かに鍋町であったことを知ります。


さらに調べると、
この通りは、かつて鋳物師たちが暮らしていた地域だと分かりました。


鋳物師。(いもじ)


これまで、
私は漁師の可能性ばかりを考えていました。


海が近い。
司書の方から「この辺りの人は8割、9割方漁師ですよ」という言葉。
だから漁に関わっていたのではないか、と。


けれど、住んでいたのが鋳物師が活躍していた通りだったのなら。


もしかすると、
ご先祖は金属を扱う仕事をしていたのだろうか。


漁師ではなく、鋳物師。


新しい仮説が、ひとつ生まれました。


しかし同時に、
確かなことは何一つ分からないという事実も突きつけられます。


目の前の家が本当にその場所なのか。
職業は何だったのか。
土地は所有していたのか。


現地に来れば、
何かはっきりすると思っていました。


けれど実際には、
答えよりも問いのほうが増えました。


それでも無駄ではありません。


「ここに立った」という体験は、
戸籍の一行とはまったく重みが違います。


数字や文字ではなく、
空気や距離感を身体で知ること。


調査は、
資料だけでは進まない。


現地に立つことで、
初めて浮かぶ問いがある。


明確な答えが得られたわけではありません。


むしろ、
分からないことがはっきりした、そんな状態でした。


そして私は、
この違和感の正体を確かめるために、
次の場所へ向かうことになります。
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