戸籍に記されていた本籍地。
そして、郵送で取り寄せた旧土地台帳の地番。
その数字を手がかりに、
私は実際にその場所へ行ってみることにしました。
地図を見ながら歩いて辿り着いたのは、
静かな住宅街でした。
海岸までは二、三本の通りを挟んでいる。
港町といえば、船着き場や作業場の気配を想像していましたが、
目に入るのは普通の家並みです。
ところどころに店はありますが、
どちらかと言えば落ち着いた住宅地です。
本当に、ここなのだろうか。
地番を確認しながら立ち止まります。
目の前には一軒の家。
もちろん、百年以上前の建物ではありません。
それでも、
「ここで暮らしていたのかもしれない」
そう思った瞬間、
少しだけ胸が熱くなりました。
戸籍の文字でしか知らなかった場所に、
自分の足で立っている。
それだけで、
遠い存在だった先祖が、少しだけ近づいた気がしました。
けれど同時に、
違和感もありました。
港町という印象とは違う。
船着き場も見えない。
漁師町の匂いもしない。
通りに出ると、
小さな道標が立っていました。
「鍋町」
その文字を見て、
ここが確かに鍋町であったことを知ります。
さらに調べると、
この通りは、かつて鋳物師たちが暮らしていた地域だと分かりました。
鋳物師。(いもじ)
これまで、
私は漁師の可能性ばかりを考えていました。
海が近い。
司書の方から「この辺りの人は8割、9割方漁師ですよ」という言葉。
だから漁に関わっていたのではないか、と。
けれど、住んでいたのが鋳物師が活躍していた通りだったのなら。
もしかすると、
ご先祖は金属を扱う仕事をしていたのだろうか。
漁師ではなく、鋳物師。
新しい仮説が、ひとつ生まれました。
しかし同時に、
確かなことは何一つ分からないという事実も突きつけられます。
目の前の家が本当にその場所なのか。
職業は何だったのか。
土地は所有していたのか。
現地に来れば、
何かはっきりすると思っていました。
けれど実際には、
答えよりも問いのほうが増えました。
それでも無駄ではありません。
「ここに立った」という体験は、
戸籍の一行とはまったく重みが違います。
数字や文字ではなく、
空気や距離感を身体で知ること。
調査は、
資料だけでは進まない。
現地に立つことで、
初めて浮かぶ問いがある。
明確な答えが得られたわけではありません。
むしろ、
分からないことがはっきりした、そんな状態でした。
そして私は、
この違和感の正体を確かめるために、
次の場所へ向かうことになります。