【第十三話】名前がない。だから、前に進めると分かった日
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コラム
帰宅すると、郵便受けに一通の封筒が入っていました。
少し前に、郵送で請求していた旧土地台帳の写しです。
玄関で靴も脱がず、その場で封を切りました。
中の紙は薄く、並んでいるのは地番と数字、所有者名。
不動登記簿の前身ですね。現在の登記簿とは見た目も大きく違います。
すぐに、目的の名前を探しました。
けれど――
そこに、探していた先祖の名前はありませんでした。
見落としたのかと思って、もう一度、最初から追います。
それでも、ありません。
「あれ?」
声に出すほどでもないけれど、
胸の奥に、小さく引っかかる感じがありました。
戸籍では、確かにこの土地に住んでいた。
本籍地も一致している。
なのに、旧土地台帳には名前がない。
この瞬間、
自分が無意識に置いていた前提に気づきました。
――住んでいた=土地を持っていた
そう決めつけていたのです。
でも、よく考えれば当たり前の話です。
借家だったのかもしれない。
名義は別の親族だったのかもしれない。
あるいは、雇われて住み込みだった可能性もある。
名前が出てこなかったこと自体は、
正直、少し拍子抜けでした。
けれど同時に、
「調べ方を変えないと、ここから先には進めない」
ということだけは、はっきりしました。
土地そのものを追っても、
これ以上は広がらない。
見るべきなのは、
この土地で、先祖がどういう立場で生きていたのか。
所有者か、借り手か、働く側だったのか。
紙を机に置いて、考えました。
次は、資料ではなく、現地に行こう。
この土地に、
人はどう住み、どう働いていたのか。
その空気を、直接見に行こう。
名前がなかった。
だからこそ、次に進む道が見えた。
この空白は、失敗ではなく、
調査の向きを変える合図だったのだと、
そのとき初めて、腑に落ちました。