【第六話】それでも、紙の外に出る決心がつかなかった
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戸籍を閉じて、
しばらく、そのままにしていました。
何をするでもなく、
次に進むわけでもなく。
ただ、
「今日は、ここまでかな」
そんな気持ちでした。
本籍地は分かっています。
どこに行けばいいのかも、
頭では理解しています。
市町村史を調べる。
土地の来歴を見る。
現地に足を運ぶ。
やるべきことは、
決して曖昧ではありません。
それなのに、
紙の外に出る決心は、
つきませんでした。
理由を考えてみても、
はっきりした答えは見つかりません。
忙しかったわけでもない。
面倒だったわけでもない。
怖かった、というほどでもない。
やる気がなかったわけでもない。
ただ、
どこかで、立ち止まっていました。
戸籍の中には、
もう、これ以上の情報はありません。
それも、分かっています。
それでも、
もう一度だけ、また、もう一度だけと、
ページをめくってしまう。
すでに見たはずの名前を、
もう一度、目で追ってしまう。
不思議なことに、
何度見ても、
同じところで視線が止まりました。
特別な理由があるわけではありません。
その人だけ、何かが分かったわけでもない。
ただ、
ほかの名前より、
少しだけ、気になってしまう。
だからこそ不思議だった。
なぜなのかは、
自分でも説明できませんでした。
セオリーなら、
別の選び方がある。
戸主をたどる。
長男を追う。
一番古い世代から見る。
そうした方が、
合理的なのは分かっています。
でも、
頭で選ぶ前に、
視線が、そちらに向いてしまう。
この時の私は、
「誰を追うか」を
まだ決めていませんでした。
けれど、
「どこを見てしまうか」は、
もう、決まっていたのかもしれません。
紙の上で、
これ以上、できることはない。
そう感じながらも、
紙の外に出るには、
もう少しだけ、時間が必要でした。
人を追う前に、
その人が生きていた
場所を知らなければならない。
そんな考えが、
はっきり言葉になる前のところで、
足が止まっていたのだと思います。
この時は、
まだ、動きませんでした。
ただ、 次に何を見るべきかだけが、
少しずつ、形を持ちはじめていました。