【第五話】あの人を戸籍で追えばいいと、わかっていたのに
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戸籍を見ていて、
どこかで、分かっていました。
「全員を見なくていい」
「一人をたどればいい」
頭では、理解していたのです。
それでも、
戸籍を開くと、
つい、全体を見てしまいます。
兄弟。
その配偶者。
子どもたち。
さらに、その先へ。
名前が並んでいるのを見ると、
「この人も何かあるかもしれない」
「こっちも、見落としたくない」
そんな気持ちが、次々に湧いてきました。
一人に絞る、という判断が、
なぜかできませんでした。
兄弟が多い戸籍を前にして、
一度、手書きで家系図を書いて
整理してみたことがあります。
関係は、少し見えやすくなりました。
誰が親で、誰が兄弟で、
どこに子どもがつながっているのか。
けれど、
整理したからといって、
進めるようになったわけではありません。
むしろ、
「こんなに人がいる」
という事実が、
よりはっきりしてしまったようにも感じました。
戸籍を見ていると、
視線が散っていきます。
一人を追えばいいと、
分かっているつもりなのに。
あの人だけを見ればいいと、
分かっているのに。
それでも、
ほかの名前が目に入るたび、
気持ちが引き戻されます。
「この人は、どういう人だったんだろう」
「この家系にも、何かあるかもしれない」
そんな可能性が、
判断を鈍らせていました。
あとになって気づいたのですが、
私は「迷っていた」というより、
「決めきれずにいた」のだと思います。
一人を選ぶ、ということは、
ほかを、いったん見ないと決めることでもあります。
それが、
思っていた以上に、難しかった。
戸籍には、
すべての人の名前が載っています。
けれど、
その全員を、同時に追うことはできません。
分かっている。
でも、できない。
このときの私は、
ちょうどその間に、立ち止まっていました。
戸籍を見ていて、
「どこから手をつければいいか分からない」
と感じるとき。
それは、
情報が足りないからではなく、
見る対象が、まだ定まっていないだけなのかもしれません。
そのことに、
うっすらと気づき始めたところで、
この日は、戸籍を閉じました。