凪って、 全部、自分で抱えようとするよね。
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コラム
ブランコが、ゆっくり揺れている。
きい、と小さく鳴る音が、
夜の静けさに溶けていく。
凪は、鎖を軽く握ったまま、
足元を見ていた。
陽菜の言葉が、まだ胸に残っている。
無理にちゃんとしなくていいよ。
そんなふうに言われたのは、
たぶん初めてだった。
「凪ってさ」
陽菜が、静かに口を開く。
「人のこと、気にしすぎるよね」
凪の指先が、少しだけ動く。
「……そんなことない」
反射みたいに返す。
でも、
陽菜はすぐに首を横に振らない。
ただ、
“またそうやって隠した”
みたいな目で見る。
凪は、その視線に少しだけ耐えきれなくなって、
ブランコの鎖を握り直した。
冷たい感触。
胸の奥が、少しざわつく。
「だって」
凪が、小さく言う。
「誰か機嫌悪いと、気になるし」
風が吹く。
前髪が揺れる。
「怒ってたりすると」
少し間。
「自分のせいかなって思うし」
その声は、
自分でも驚くくらい素直だった。
陽菜は、しばらく黙っていた。
夜の公園。
遠くの道路を車が通る音。
その静かな時間のあと、
陽菜が、ぽつりと言う。
「凪って」
少しだけ困ったみたいに笑う。
「全部、自分で抱えようとするよね」
凪は、何も返せない。
返せないというより、
返す言葉が見つからない。
“抱える”。
その感覚は、ずっと普通だった。
空気が悪くならないように。
誰かが嫌な思いをしないように。
ちゃんと、みんなが大丈夫なように。
そうしていれば、
自分もここにいていい気がしていた。
でも、最近、少し苦しい。
ちゃんとしているのに、
心だけ、ずっと疲れている。
「……でも」
凪が、小さくつぶやく。
「そうしないと、嫌われるから」
陽菜が、静かに目を細める。
「ほんとに?」
その声は、やさしい。
責める感じじゃない。
ただ、凪が信じてきたものを
静かに揺らす声。
凪は、答えられない。
ブランコが、きい、と鳴る。
「凪さ」
陽菜が、少しだけ身体を前に傾ける。
距離が近づく。
「誰かの機嫌まで背負わなくていいんだよ」
その瞬間、凪の胸の奥が、大きく揺れる。
“背負わなくていい”。
そんなこと、考えたこともなかった。
陽菜は続ける。
「相手が怒ってるのも、落ち込んでるのも」
少し間。
「全部、凪のせいじゃないでしょ」
凪は、ゆっくり顔を上げる。
街灯の光の中。
陽菜の目は、まっすぐだった。
「でも」
凪が小さく言う。
「放っておけない」
陽菜が、少しだけ笑う。
「うん」
やわらかい声。
「凪、優しいから」
その言葉に、凪の胸が、少し痛くなる。
優しい。
その言葉は嬉しいはずなのに、
時々、自分を縛る言葉にもなる。
陽菜は、そんな凪を見ながら、
静かに言う。
「でもさ」
風が吹く。
髪が揺れる。
「凪が壊れそうになるまで頑張るのは」
少しだけ眉を下げる。
「優しさっていうより、我慢だよ」
夜が静かになる。
凪は、何も言えなかった。
でも、胸の奥で、
ずっと張り詰めていた何かが、
少しだけ、ゆるみ始めていた。