その全部を、見られていた気がする。

記事
コラム
教室のざわめきが、少しずつ薄れていく。

部活へ向かう声。
椅子を戻す音。
窓の外から入る、夕方の風。

凪は、まだ席に座っていた。

手の中には、スマートフォン。

画面は暗いまま。

開けばいい。
それだけなのに、

指が、少しだけ止まる。

窓の外が、オレンジ色に染まっていく。

その光が、机の上を長く滑る。

凪は、ゆっくり息を吐いた。

そして、
親指が、静かに動く。

画面が点く。

通知は、一つだけ。

陽菜。
短い名前。

それだけで、胸の奥が、少しだけ鳴る。

メッセージを開く。
『今日は、ちゃんと授業受けてた?』

凪は、瞬きをする。
思わず、小さく息が漏れる。

なんでもない言葉。

特別じゃない。
重くもない。

でも、
なぜか、少しだけ笑いそうになる。

『受けてた』
打つ。

送る。

すぐ既読がつく。

その速さに、胸が小さく揺れる。
凪は、画面を見つめたまま動かない。

数秒。

それだけなのに、長い。

『ほんとに?』
続けて届く。

『なんか上の空っぽかった』

凪の指が止まる。

教室の空気。
窓際。
昼休み。

その全部を、見られていた気がする。

凪は、画面を見たまま、少しだけ俯く。

胸の奥が、静かに落ち着かない。

嫌じゃない。

でも、安心とも少し違う。

『……見てたの?』
送る。

既読。

少し間。

それから、
『見ちゃう』

短い返事。
たったそれだけ。

なのに、
凪の心臓が、大きく鳴る。

教室には、もう人が少ない。

遠くで、誰かが笑っている。

夕方の光が、ゆっくり薄くなっていく。

その中で、
凪は、スマートフォンを持ったまま動けない。

『なんで?』
打ちかけて、

止まる。

消す。

また、打つ。

止まる。

聞いたら、
何かが、変わってしまう気がした。

まだ、そこには触れたくない。

でも、
もう、気づき始めている。

自分の時間が、少しずつ、
一人分じゃなくなっていることに。

窓の外で、風が揺れる。

凪は、そっと画面を閉じる。

胸の奥だけが、静かに、
続きを始めていた。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら