“ちゃんとする”って、どうすることなんだろう。
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コラム
理科室の前には、すでに列ができていた。
陽菜が振り向く。
「はやく、遅れちゃうよ?」
凪は、歩き出す。
悠真は、その一歩後ろ。
三人で、理科室へ入る。
実験台は四人一組。
班は、固定のまま。
——昨日と同じ。
凪はほっとする。
少なくとも、今日は“偶然”に裏切られない。
でも。
顕微鏡を準備する間、
陽菜は自然に悠真の隣に立つ。
自然すぎる距離。
凪は、向かい側に立つ。
触れない距離。
先生の声が響く。
「今日は細胞分裂を観察します。」
光が落ちる。
理科室は、少し暗くなる。
顕微鏡の光だけが、机を照らす。
陽菜が、嬉しそうに言う。
「見えた!すごい。」
悠真が、のぞき込む。
肩が、少しだけ触れそうになる。
凪は、目を伏せる。
逃げない、って言ったのに。
逃げられない距離が、ここにある。
ふいに。
悠真が、顔を上げる。
凪を見る。
ほんの一瞬。
言葉はない。
でも。
“ちゃんとする”って、どうすることなんだろう。
凪は、自分の顕微鏡をのぞく。
ピントを合わせる。
細胞が、ゆっくり分かれていく。
ひとつが、ふたつに。
きれいに、分かれていく。
胸の奥が、少しだけ痛む。
分かれるって、
こういうこと?
理科室の静けさの中で、
赤いリボンが、わずかに揺れた。
ほどけない。
まだ。