ちゃんと、って……何だろうな。
記事
コラム
悠真の指が、ほんの一瞬だけ動いた。
凪の胸元——
赤いリボンに、触れそうで、触れない距離。
教室には、まだ誰も戻っていない。
廊下のざわめきだけが遠い。
凪は、視線を逸らさなかった。
逸らしたら、終わる気がした。
「……ごめん。」
悠真の声は低く、かすれていた。
何に対しての謝罪なのか、
凪にはわからない。
昨日のこと。
陽菜のこと。
それとも、自分の曖昧さに?
「俺、ちゃんとするって言ったけどさ。」
目が揺れる。
悠真は、凪を見る。
逃げない目。
「ちゃんと、って……何だろうな。」
その言葉は、独り言みたいだった。
凪の胸が、ぎゅっと締まる。
“わたしがいなければ”
その考えが、また浮かぶ。
でも。
悠真の目は、昨日と同じだった。
探している目。
凪を。
「凪はさ。」
名前を呼ばれる。
それだけで、心臓が跳ねる。
「……行くなよ。」
また、同じ言葉。
今度は、はっきり。
凪の指先が震える。
好きだから。
好きだから、逃げたい。
好きだから、離れられない。
「わたしは……」
声が出ない。
赤いリボンが、微かに揺れる。
窓から入る光が、やわらかく触れる。
そのとき。
廊下から、陽菜の声。
「ゆうまー?まだー?」
空気が、戻る。
悠真は目を閉じる。
ほんの一瞬。
そして、凪を見る。
今度は、迷いが混じっている。
選ばなければいけないことを、
わかっている目。
凪は、笑った。
ほんの、少しだけ。
「行って。」
言葉は軽い。
でも、胸の奥は、重い。
悠真は、動かない。
動けない。
その沈黙が、いちばん甘くて、
いちばん苦しい。
次に動いたのは——
凪だった。
一歩、下がる。
距離が、戻る。
でも。
悠真の指は、まだ、空を掴んでいた。