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ちゃんと、って……何だろうな。

悠真の指が、ほんの一瞬だけ動いた。凪の胸元——赤いリボンに、触れそうで、触れない距離。教室には、まだ誰も戻っていない。廊下のざわめきだけが遠い。凪は、視線を逸らさなかった。逸らしたら、終わる気がした。「……ごめん。」悠真の声は低く、かすれていた。何に対しての謝罪なのか、凪にはわからない。昨日のこと。陽菜のこと。それとも、自分の曖昧さに?「俺、ちゃんとするって言ったけどさ。」目が揺れる。悠真は、凪を見る。逃げない目。「ちゃんと、って……何だろうな。」その言葉は、独り言みたいだった。凪の胸が、ぎゅっと締まる。“わたしがいなければ”その考えが、また浮かぶ。でも。悠真の目は、昨日と同じだった。探している目。凪を。「凪はさ。」名前を呼ばれる。それだけで、心臓が跳ねる。「……行くなよ。」また、同じ言葉。今度は、はっきり。凪の指先が震える。好きだから。好きだから、逃げたい。好きだから、離れられない。「わたしは……」声が出ない。赤いリボンが、微かに揺れる。窓から入る光が、やわらかく触れる。そのとき。廊下から、陽菜の声。「ゆうまー?まだー?」空気が、戻る。悠真は目を閉じる。ほんの一瞬。そして、凪を見る。今度は、迷いが混じっている。選ばなければいけないことを、わかっている目。凪は、笑った。ほんの、少しだけ。「行って。」言葉は軽い。でも、胸の奥は、重い。悠真は、動かない。動けない。その沈黙が、いちばん甘くて、いちばん苦しい。次に動いたのは——凪だった。一歩、下がる。距離が、戻る。でも。悠真の指は、まだ、空を掴んでいた。
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“悠真は悪くないよ” “わたしが勝手に好きなだけ”

翌日。昼休みの教室は、いつもより静かだった。悠真は窓側の席で、ノートを開いている。陽菜は前の席で友達と笑っていた。凪は、自分の席からその様子を見ないようにしていた。“いないほうがいいのかな”昨日から、その言葉が消えない。チャイムが鳴る。次の授業は移動教室だった。みんなが立ち上がる中、凪はわざとゆっくり鞄を閉じる。そのとき。「凪。」低くて、少し迷いのある声。顔を上げると、悠真が立っていた。陽菜はもう廊下に出ている。教室には、ふたりだけ。「昨日さ。」それだけ言って、言葉が止まる。悠真は、目を伏せた。凪は、胸が痛くなる。また、飲み込むんだ。そう思った瞬間――「ごめん。」小さな声だった。凪は、息を止める。「ちゃんとしてないよな、俺。」ちゃんとしてない。それは、誰に対して?陽菜?凪?それとも――自分に?凪は、首を振りかけて、止める。本当は言いたい。“悠真は悪くないよ”“わたしが勝手に好きなだけ”でも。それを言ったら、全部、終わる気がした。沈黙が落ちる。廊下から、陽菜の明るい声が聞こえる。「ゆうまー!早くー!」悠真は、一瞬だけ凪を見る。その目は、昨日と同じだった。探している目。「……行くなよ。」かすれる声。凪の心臓が、強く跳ねる。「俺、ちゃんとするから。」ちゃんと。それが何かは、まだわからない。でも。凪は、小さくうなずいた。動けないはずの足が、今日は、少しだけ前に出た。ふたりで教室を出る。距離は、まだある。でも、昨日より、ほんの少しだけ。近い。
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