——もう、ただの寄り道じゃない

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コラム
放課後のチャイムが鳴ったとき、
凪は少しだけ肩の力を抜いた。

今日一日、
何も起きなかったようで、
ずっと何かを待っていた気がする。

教室を出る準備をしていると、
背後から、聞き慣れた声がした。

「凪」

呼び止められたのは、初めてじゃない。
でも、今日は少し違って聞こえた。

振り返ると、悠真が立っている。
カバンを肩にかけたまま、
逃げ道を残すみたいに、少し距離を取って。

「今日……このあと、時間ある?」

一拍。
凪の心臓が、はっきり音を立てた。

——来た。

でも、悠真はすぐに続けない。
視線を外し、言葉を探す。

「その……駅のほうに、
   新しい店できたって聞いてさ。
     寄るだけ、でもいいんだけど」

“デート”なんて言葉は出てこない。
誘い方も、不器用で、悠真らしい。

凪は一瞬だけ迷って、
それから小さくうなずいた。

「……うん。少しなら」

その返事に、
悠真の肩がほんのわずかに緩む。

二人は並んで校舎を出る。
夕方の空は、もうオレンジに近づいていた。

橋でも、教室でもない。
駅へ続く道。

風の匂いも、人の気配も、
今までとは違う。

凪は思う。

場所が変わるだけで、
こんなにも、胸の音がはっきりするんだ。

——これは、逃げ場のない時間だ。

でも、不思議と怖くなかった。

悠真は歩きながら、
ほんの少しだけ、凪との距離を縮める。

触れない。
けれど、もう戻らない距離。

夕方の街に、二人の影が伸びていく。

静かに、でも確実に、

駅前の通りは、音で満ちていた。
話し声、車の音、
どこかから流れてくる音楽。

凪は歩きながら、少しだけ周囲を見回す。

学校の延長みたいな道なのに、
悠真と並んでいるだけで、
別の場所に来た気がした。

「ここ」

悠真が足を止める。

ガラス張りの小さな店。
外から中が少し見える、落ち着いた雰囲気。

凪は、無意識に一度だけ深呼吸をした。

——入るだけ。
そう言われていたはずなのに。

ドアを開けると、
ベルが小さく鳴る。

一瞬で、外の音が遠ざかった。

代わりに、
静かな音楽と、温かい空気。

「どうぞ」

悠真が、先に凪を通す。
その動きが、少しだけぎこちない。

凪は「ありがとう」と小さく言って、
店に足を踏み入れる。

席は、まだ空いている。
選べるくらいには。

二人で向かい合うのか、
それとも隣に座るのか。

そんなことを考えている自分に気づいて、
凪は心の中で小さく笑った。

——もう、ただの寄り道じゃない。

悠真は店内を見回してから、
窓際の席を指さす。

「……あそこ、いい?」

凪は、少しだけ間を置いて、うなずいた。

「うん」

椅子を引く音。
カバンを置く音。
二人分の時間が、同じテーブルに乗る。

まだ何も話していない。
でも、もう戻る道は見えなかった。

夕方の光が、ガラス越しに差し込む。

その中で、
凪と悠真の距離は、
静かに、確実に変わり始めていた。
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