じゃあ…… また呼んでもいい?
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コラム
家に帰ってきた凪は、
玄関で靴を脱ぎながら、
さっき悠真が肩を支えてくれた
温度を思い出していた。
涙を見られたこと。
弱さを見せてしまったこと。
(……恥ずかしい)
そう思うのに、
胸の奥ではなぜか“安心”が溶け残っている。
リビングの電気をつけても、
その余韻は消えなかった。
夜──。
布団に入っても、眠れなかった。
(悠真……
怒ってたわけじゃないよね……)
思い返すほど、心がざわざわする。
そのとき。
スマホが小さく震えた。
画面には——
『帰ってから大丈夫?
……無理してない?』
悠真からのメッセージだった。
胸がぎゅっとなる。
返信を迷っていると、
またメッセージが届いた。
『今日のこと、
無理に話さなくていいよ。
でも……泣かせたくなかった』
凪は思わず息をのんだ。
(……泣かせたくなかった、って)
指が震えながらも、凪は返す。
『大丈夫。迷惑かけてごめん』
数秒後、即レスが来た。
『迷惑なんて思ったことない。
むしろ……
頼ってくれて嬉しかった』
その言葉は、
今日いちばん凪の心を揺らした。
胸の奥のなにかがぽたりと溶けて、
涙がまたこぼれそうになる。
(……どうして
そんな優しいこと言うの……)
スマホを握ったまま、
布団に顔を埋める。
そのとき——
『凪』
名前だけのメッセージが届いた。
え? と凪は固まる。
(名前だけのメッセージなんて……
どういう意味?)
ドキドキしていると、
続けてもう一通。
『ちゃんと呼びたくなった。
今日、
泣きそうな顔してた時も……
名前で呼びたかった』
凪は一瞬で目が熱くなる。
言葉が返せない。
胸がいっぱいで、
指が動かない。
送信画面を見つめていたら、
またメッセージが届いた。
『……嫌だった?』
凪は慌てて返信する。
『嫌じゃない……
むしろ、すごく』
そこまで打って、
指が止まる。
(……すごく、
なんて送れない……)
消して、
送れそうな言葉だけを残す。
『嬉しかった』
送信ボタンを押した瞬間、
心臓が跳ねた。
数秒後——
『よかった。
じゃあ……
また呼んでもいい?』
凪は布団をぎゅっと握りながら、
小さく笑った。
『……うん』
その「うん」は、
今日なんども揺れた心の奥で、
いちばん本音に近い言葉だった。
スマホを胸に抱えると、
凪のまぶたはゆっくりと落ちていく。
眠りに落ちる直前。
スマホが、もう一度だけ震えた。
『おやすみ、凪』
凪の頬は、
暗い部屋の中で静かに染まった。