逃げてもいいけど……俺は追いかけるから

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コラム
凪は、
あの日からずっと胸の奥がざわついていた。

悠真が見せた、あの真剣なまなざし。

図書室で手を重ねてきたあの温度。

そして、
凪の過去を知ろうとしてくれた優しさ。

(……知られたくない。
 でも、知られたら……楽になるのかな。)

心の中で揺れる二つの気持ちの間に、
ずっと答えの出ない沈黙があった。

放課後。

誰もいない昇降口の前で、
悠真が凪を待っていた。

「……凪。話、いい?」

凪は少し戸惑いながらも頷いた。

悠真は、
凪の顔を見るなり心配そうに眉を寄せた。

「今日……ずっと元気なかったよね。
 無理して笑ってたの、わかったよ」

凪の胸が痛くなる。

(どうして……そんなに見てくるの。)

「凪、昨日のこと……気にしてる?」

凪は喉がつまったように言葉が出なかった。

悠真は静かに続けた。

「無理に話さなくていい。
 でも……凪が泣いた理由くらい、
 知りたい。
 だって……」

言いかけて、彼は少し息を吸った。

「凪が苦しむの、見てられない」

その一言が、凪の奥に触れた。

誰にも触れてほしくなかった傷に、
悠真だけがそっと手を伸ばしてくる。

「……私、悠真に嫌われたくなくて」

ようやく出た声は、震えていた。

「嫌うわけないよ」

「でも……私、いつも人を困らせるから。
 中学のときも、友だちに“重い”って言われて……
 それからずっと……怖いの。
 誰かに期待されるのも、距離が近いのも……」

途中で言葉が途切れた。

涙の方が先にこぼれたからだ。

悠真はその涙を見ると、そっと近づいて、
凪の手をゆっくり取った。

「凪が重いなら……俺だって重いよ」

凪は顔を上げる。

悠真は真っ直ぐな目で続けた。

「だって、凪のこと……
 考えすぎて胸が苦しくなる」

凪の心臓が大きく跳ねた。

「困らせてるんじゃなくて……
 ちゃんと“誰かの特別”に
 なってるってことだよ」

その言葉は、
凪の長い間固まっていた心を
そっと溶かしていった。

(……特別? 私が?)

手を重ねたまま、沈黙が落ちる。
でもそれは、痛くない沈黙だった。

悠真は小さく息を吸い、言葉を落とす。

「凪。
 逃げてもいいけど……
 俺は追いかけるから」

凪の目が大きく見開かれた。

その瞬間、
胸の奥で“何か”が決定的に変わった。

(この人は……
 私の知らない未来へ連れていく人だ。)

初めて、そんな予感がした。
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