この人になら……触れられても、怖くない

記事
コラム
放課後の図書室。

静かなページの音だけが、
薄い冬光の中に漂っていた。

凪は本を開いたまま、
視線を下げていた。

読み進めているようで、
文字はほとんど入っていない。

(……今日、悠真、気づいてたな)

数学の時間。

凪が一瞬、
肩を強く震わせたこと。

クラスメイトが
後ろで大きな声を出した瞬間、
反射的に凪が身をすくめたこと。

悠真だけが、
そのわずかな表情の変化に気づいた。

そして今。

本棚の陰にいる悠真の視線が、
ずっと凪の横顔に
寄り添っているのがわかる。

「凪」

そっと名前が呼ばれた。
凪は顔を上げると、
悠真が席をひとつ近づけていた。

「今日さ……何かあった?」

凪は胸の奥がきゅっと
縮む音を感じた。

「……何もないよ」

「嘘だろ」

柔らかい声なのに、
逃げ道がない。

悠真の言葉は、
優しいのにまっすぐで、

凪の奥に隠していたものを
そっと照らしてしまう。

「お前さ、大きい声がすると……
   息止めてるみたいになる」

凪の手が震えた。

悠真はその震えに
気づかないふりをしながら、
ゆっくり続きを言った。

「もし……
   誰かに何か言われてるなら、
   言ってほしい」

「違う……の」

凪はかすれた声で言う。

「誰かに言われてるとかじゃない。
   ただ……
 中学のとき……
 少しだけ……
 怖いことがあって」

言葉にした瞬間、
胸が締め付けられた。

長い間しまい続けていた場所が、
自分でも驚くほど痛んだ。

悠真は、
驚いたように目を瞬いたあと、
ゆっくりと凪の前に手を置いた。

触れない距離で。

「話したくなかったら、
 無理しなくていい。
 でも……
 凪が一人で抱えてたなら、
 俺は知りたい」

凪の喉が熱くなる。

(言わなくていい。
 でも……言ってほしいって、
 こんなふうに言われたの初めて)

凪は小さく息を吸った。

「中学の時……
 急に怒鳴られることが多くて。
 先生にも、家でも。
 それで、大きい声とか、
 強い声が……今でもちょっと怖い」

ぽたり。

知らないうちに指先へ涙が落ちた。

「今は大丈夫なの。
 もう誰も怒鳴ったりしないし……
 なのに身体が勝手に反応しちゃうのが、
 情けなくて」

悠真は椅子を引く音も立てずに、
そっと凪の横に座った。

そして、
震える凪の手に触れないまま、
近くで静かに言った。

「情けなくなんかないって。
 反応しちゃうのは、
 守ろうとしてるんだよ。
 ちゃんと、傷ついた自分を」

凪は顔を上げた。

悠真は真剣な目で続けた。

「……俺はさ、怒鳴らないし、
 傷つけたりしない。
 凪が怖くないって
 感じる場所になりたい」

その一言で、
凪はまた涙が溢れた。

(こんなこと……
 言われたら……)

胸の奥の、
ずっと触れられたくなかった
部分に

悠真がそっと手を
伸ばしてくれたような気がした。

凪は袖で涙を拭きながら言った。

「……悠真のそばだと、
 怖くないよ」

悠真は驚いたように息を飲んで、
少しだけ頬を赤くした。

「……なんだよ、それ」

照れた声が、
図書室の静けさに溶けていく。

だけど凪は思った。

(この人になら……
 触れられても、怖くない)
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら