二人の手は、まだ触れていない。でも、距離はもう、触れるより近かった

記事
コラム
放課後の図書室。

あの日の“悠真の嫉妬”が、
まだ凪の胸に残っていた。

(怒ってた…よね。
 見たことない顔だった……)

凪と話していた男子に向けられた
あの視線。

凪に手を伸ばしかけて、
途中で引っ込めた指先。

言葉よりずっと強い感情が、
そこにはあった。

それが怖くて、でも……
胸の奥が少しだけ、
嬉しかった。

(どうして…
 こんな気持ちになるんだろ)

ページをめくる手は、
ゆっくり震えていた。

そのとき。

「……凪」

聞き慣れた声が、
そっと凪の世界に入ってきた。

悠真が立っていた。

いつもの穏やかな表情ではなく、
少しだけ不器用で、
迷っているような顔。

「さっき……ごめん」

凪の心が跳ねた。

「え……」

「怒ったんじゃなくて……
 なんか……
 自分でもよくわかんないけど……
 見てたら、
 胸の奥がギュッてなって……」

悠真は言葉を探していた。

「嫉妬、したの?」

凪が言ってしまった。

言ってから気づいて、
顔が赤くなる。

悠真は一瞬固まり、
それから小さく息を吐いた。

「……した。
 自分でびっくりするくらい。
 だって……
   他のやつ見て笑ってるの、
   見たくなかった」

凪の心臓が強く鳴った。

「迷惑だったよな。
 ごめん。困らせたよな」

凪はゆっくり首をふった。

「……困ってないよ」

「じゃあ……
  嫌じゃなかった?」

「……」

凪はうつむいたまま、
自分のスカートの端を
そっとつまんだ。

「嫌じゃなかったどころか……
 ちょっと、嬉しかった」

悠真が驚いたように目を見開く。

凪は続けた。

「……誰かを好きになるって……
 こうやって、
 自分じゃない ‘何か’ に
 揺らされるんだね。
 知らなかった」

静かな空気が二人を包む。
数秒の沈黙。

悠真はゆっくり近づいて、
凪の机に置かれた手の横で、
自分の手をそっと置いた。

触れてはいない。
でも、すぐ触れられる距離。

「……凪を困らせたいわけじゃない。
 嫌われたくない。
 でも……
 抑えられないんだ。気持ち」

心音が、
ふたりの間で聞こえそうだった。

凪は小さな声で答えた。

「悠真が思ってるより……
 ずっと、
 嫌ってなんかいないよ」

悠真は息を飲んだようだった。

「……本当に?」

凪は頷く。
ゆっくり、確かに。

「むしろ……
 さらに困ってるのは私のほう。
 悠真が、
 そんな顔で私のこと見てくるから……」

「どんな顔?」

「……好きって言ってるみたいな顔」

悠真の耳まで赤く染まった。

「……じゃあ。
 もしそうだとしたら、どうする?」

凪はそっと微笑んだ。

「困るけど……嬉しいよ」

悠真はその瞬間、
初めて少年らしい
無防備な笑顔になった。

「……よかった。
 本当に、よかった」

二人の手は、まだ触れていない。

でも、距離はもう、
触れるより近かった。


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