悠真が……そんな顔するなら
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コラム
昼休み。
教室のざわめきが
いつもより少しだけ遠く感じた。
凪は、クラスメイトの 蓮(れん) から
プリントを渡されていた。
蓮は明るくて誰とでも
気さくに話せるタイプ。
男女問わず人気がある。
凪とも席が近く、
数学の宿題の話で時々やり取りをする。
「これ見た? 俺の解き方、
合ってるか見てほしい」
「うん、ちょっと待ってね」
蓮のノートを覗き込む凪。
さほど深い意味はない。
ただ、
数学が得意な凪にとっては
よくある話しだった。
――けれど。
後ろの席から、
視線が刺さる。
(……また見てる)
振り返ると、
悠真がジッとこちらを見ていた。
表情はいつもと違う。
どこか硬く、冷たく、
そして少し不機嫌だった。
凪は慌てて視線を外す。
(え……なんで?)
蓮は気づかず、
明るい声で続ける。
「凪ってさ、
教え方めっちゃうまいよね。
家庭教師できるレベルじゃん」
「そんなことないよ……!」
笑って返す凪。
でも、
その声はどこか落ち着かない。
蓮のノートに視線を落としたまま、
心はまったく
別のほうへ向かっていた。
(悠真……怒ってるのかな?)
放課後。
凪がカバンを閉じようとしたとき、
後ろから低い声がした。
「……さっきさ」
振り返ると、
悠真が立っていた。
正面から見ると、
彼の眼差しはもっと鋭かった。
「蓮と……なんの話してたの」
「え? あ、あれは宿題の――」
「近かったよね。やけに」
(……え、嫉妬?)
凪の胸が一気に熱くなる。
「ち、近くなんて……」
「近かったよ。俺から見たら」
悠真は一歩近づく。
凪は思わず後ずさりし、
机の角にぶつかった。
逃げられない距離。
「……別に。蓮のこと、
好きとかじゃないよね?」
「ちょっ……な、
なんでそういう話に……!」
悠真は凪の目をまっすぐ見つめる。
「俺……嫌だった」
凪の息が止まったように感じた。
「凪が誰かとあんなに近いの……
見たくなかった」
凪の胸が大きく揺れる。
「……そんなに?」
「そんなに」
悠真は迷わず言った。
「……嫉妬した」
凪は、持っていた教科書を
ぎゅっと抱きしめる。
自分が動揺しているのが
伝わりそうで、
胸の奥がじんじん熱い。
「悠真……」
呼ぶ声が震えた。
悠真は
その震えごと受け止めるように、
そっと凪の顔を覗き込んだ。
「凪が他の男子と話すの、
別にダメじゃないよ。
でも……」
息を吸い、
正直な気持ちが続いた。
「……俺以外の男に、
そんな顔向けないでほしい」
凪の胸が激しく跳ねた。
それは“告白”ではない。
でも、
心の奥に真っ直ぐ刺さる言葉。
(……そんなこと言われたら)
凪は耐えきれず、目を伏せた。
「……わ、かったよ」
「ほんとに?」
「悠真が……そんな顔するなら」
悠真は驚いたあと、ふっと笑った。
「……それ、ずるい」
「なにが」
「凪のそういうとこ。
俺、余計に好きになる」
凪の肩がビクッと震える。
「……っ」
顔を隠したくなる。
なのに、隠せない距離。
(どうして……こんな……)
胸の奥で、
何かが確かに形を
変えていくのを感じた。
(これって……)
でも、
その答えを口にするには、
まだ少しだけ勇気が足りなかった。