体育館の床に立つと、足の裏から緊張が這い上がってくる。
体操部に入ったのは、小さいころから跳び箱や鉄棒が好きだったから。
特別に才能があったわけじゃない。
ただ、毎日コツコツ練習を重ねてきただけ。
でも、高二の夏。
地区大会での演技が奇跡みたいに決まり、
私は思いがけず全国大会への切符を手にした。
「すごいじゃん!」
「応援してるから!」
そのときは、友だちも一緒に喜んでくれた。
教室に笑い声が響き、
LINEグループもお祝いのスタンプでいっぱいになった。
胸が熱くなり、「もっと頑張らなきゃ」と思った。
強化合宿が始まってから、時間の流れが急に速くなった。
朝練、授業、放課後はすぐに体育館。
夜は宿題を広げたまま、机に突っ伏して眠り込む。
ある日、体育館に雑誌の取材が来た。
「もっと笑顔で!」
「もう少しあごを上げて」
カメラマンにそう言われながらポーズを取る。
慣れない撮影に戸惑った。
記者からは発売予定日は告げられていた。
それでも私は待ちきれず、
練習帰りにコンビニへ立ち寄っては雑誌棚をのぞいてしまう。
「まだだよね」
そうわかっているのに、ページをめくっては閉じる。
何度かそんなことを繰り返したある日、
ついに自分の写真を見つけた。
大きな見出しと共に載っている自分を見て、
胸がどくんと鳴る。
「本当に…載ってる」
息をのむようにして立ち尽くした。
翌日、学校では「見たよ!」と声をかけられた。
「すごいじゃん!」
「なんかアイドルみたいだね」
誇らしくて、でもくすぐったくて、心の奥が熱くなった。
後輩からも声をかけられる。
「握手してください!」
「一緒に写真いいですか?」
恥ずかしくて「いやいや」と手を振りながらも、
高揚感は止まらなかった。
その頃には、
放課後に友だちと寄り道をする習慣は消えていた。
文化祭の準備も「ごめん、練習があるから」と断ってばかり。
最初は「そっか、頑張ってね!」と笑ってくれていたけれど、
やがて誘いの声すらかからなくなった。
グループLINEに流れてきた写真。
ファストフード店で楽しそうに笑っている友だちの姿。
画面を見つめる指先が震えた。
「私だけ、いないんだ…」
教室でも、
会話は「また練習?」
「取材ってどんな感じ?」といった一言だけになっていた。
笑い合う時間も、
ふざけ合う時間も、
どこかへ消えてしまった。
そして、ある晩ふと思った。
「最近、友だちとちゃんと話していない…」
勇気を出してLINEを送ってみた。
返ってきたのは、短い文章とスタンプだけ。
他の子に送っても、似たようなよそよそしい返事。
胸の奥が冷たくなる。
ただ一生懸命だっただけなのに。
それなのに、
大切にしていた日常が遠ざかっていく。
その日の夜、
ベッドの中でスマホを握りしめたまま涙があふれた。
スポットライトを浴びるほど、孤独が深まっていく――。
そして迎えた全国大会。
演技直前、
待機スペースで膝を抱え、心臓の鼓動を必死に抑え込む。
「私、ひとりなんじゃないか」
そんな思いが頭をよぎったそのとき、スマホが震えた。
画面に表示されたのは、たった一行のメッセージ。
「見てる。がんばれ。」
涙がにじむ。
その言葉が胸の奥をじんと温めてくれた。
私は一人じゃない。
そう思った瞬間、手の震えが止まった。
演技は完璧ではなかった。
でも最後にマットに立ったとき、
会場に広がる拍手の音が胸に響いた。
それは得点や順位を超えて、
確かに私を包んでくれるものだった。
大会を終えて学校に戻ると、
少しぎこちない空気の中、友だちが笑ってくれた。
「やっぱり、すごいね」
その声を聞いた瞬間、張りつめていた糸が切れて、
涙があふれた。
全国大会は、私にとって特別な舞台だった。
でも、それ以上に大切だったのは――。
一緒に笑い合える友だちの存在だと、ようやく気づいた。
秋の夕暮れ、体育館の窓から差し込む光の中で、
私はそっとつぶやいた。
「ありがとう」
誰にともなく、でも確かに心から。
スポットライトの下で輝く瞬間は、ほんの一時。
けれど、そばにいる人たちと笑い合える日常は、
ずっと胸に残る光だと気づいた。