白か黒かじゃない教室

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コラム
朝の教室。
千尋は席に鞄を置き、隣の美咲に声をかけた。

「……おはよう」

けれど、美咲は後ろの友達と話に夢中で、
その声に気づかない。

千尋の胸に小さな痛みが走った。
(無視された? やっぱり私って嫌われてるのかな)

不安がじわりと広がっていった。

昼休み。
美咲は友達と机を寄せ合いながら笑っていた。
ふと千尋の方を見て、軽い調子で言う。

「千尋って、私たちと食べたくないのかな」

その一言に周りがクスクス笑う。
千尋は慌てて首を横に振ったが、
声は出なかった。

(違うのに……みんなに迷惑かけたくなかっただけなのに)

胸の奥に孤独感が積もっていく。

放課後の音楽室。

夕日が窓から差し込み、
オレンジ色の光が床を染めていた。
前にはグランドピアノ。

生徒たちは譜面を手に立ち並び、声を合わせていた。

だが、
その中で千尋の声だけがかすれて消えていく。

指が震え、譜面がはらりと床に落ちた。

「千尋、もっと声出して! やる気あるの?」
美咲の鋭い声が響いた。

千尋は立ったまま顔を伏せ、
肩を震わせた。
「……ごめんなさい。どうせ私なんて、
  いないほうがいいんだ」

音楽室がしんと静まり返る。

誰も動けず、
千尋のすすり泣きだけが夕日の中に響いた。

健太が一歩近づき、低い声で言った。
「千尋……そんなこと言うなよ」

美咲は拳を握りしめ、胸の奥が痛んだ。
(私、何してるんだろう。
 千尋の声は優しくて好きだったのに。
 完璧じゃなきゃダメって思って、責めてばかりで…)

そのとき、音楽室のドアが開いた。

藤村先生が顔をのぞかせ、
泣いている千尋と立ち尽くす生徒たちを見て眉を寄せた。

「……おい、どうした? 何があったんだ」

誰も答えられない。
千尋のすすり泣きだけが響く。

先生はしばらく生徒たちを見渡し、
黒板に歩み寄った。

チョークを手に取り、大きく書く。
「思考はメガネ」

「……俺の勘だから間違ってたら悪い。
 知ったようなことを言ってしまってるかもしれん。
 でも、もし俺がこれから言うことがその通りなら、
 ちょっと考えてみてほしい。
 合唱ってな、
 歌のうまい下手より先に
 “気持ちがそろっているか”が大事なんだ。 
 バラバラの心じゃ、
 どんなに声を張り上げても、聞いてる人の胸には届かない。
 だからこそ、今がいい機会なんじゃないか。 
“自分の思い込みのメガネ”があるなら、
一度外してみること。

 そして、誰に何を届けたいのか……そのことを考えてみてくれ」

先生の言葉は押しつけがましくなく、
けれど鋭く、生徒たちの胸に突き刺さった。

静かな沈黙のあと、
千尋が涙を拭いながら顔を上げた。
「……私、勝手に“嫌われてる”って思い込んでた。ごめんなさい」

美咲は胸がぎゅっと痛み、声を震わせた。
「千尋……私のほうこそごめん。
 完璧じゃなきゃって思い込んで、責めてばかりだった」

二人の目が合った瞬間、音楽室の空気がふっと柔らかくなった。

健太が肩をすくめて笑う。
「ほらな。メガネを変えりゃ、景色も変わるってことだ」

その言葉に何人かが笑い、
音楽室にほっとした空気が広がった。

未完成の和音はまだそこにあったけれど、
気持ちは少しずつ重なり始めていた。

翌朝の教室。
千尋は扉を開けると、少しだけ深呼吸をした。

「……おはよう!」

昨日よりも大きな声で、笑顔で挨拶する。

するとクラスのあちこちから明るい声が返ってきた。

「おはよう、千尋!」
「おはよー!」

美咲も、健太も、みんなが笑顔だった。

胸の奥に残っていた影がすっと消えていく。

(やっぱりメガネを外すと、景色がこんなにも違うんだ)

千尋の声は昨日よりも澄んでいて、
その挨拶は教室いっぱいに広がった。

気持ちのいい一日の始まりを告げるように。
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