夕方のカフェ。
窓の外では、オレンジ色の光がゆっくりとビルの隙間に沈んでいく。
私は、向かいに座る美咲さんの話を静かに聴いていた。
「奈央さん…、この前、職場で上司にひどいこと言われちゃって…」
美咲さんの声は、少し震えていた。
私の胸にも、ふっと痛みが走る。
同じような経験があったからだ。
つい「わかる、私もそんなことあったよ」と言いかけて、口をつぐむ。
——これが「同感」なんだろう。
私の感情に彼女を引き寄せるような聴き方。
悪くはない。でも、それだけでは、彼女の世界の本当の色は見えない気がした。
私は深く息を吸い、心を彼女の方へ寄せた。
彼女が座っている椅子に、そっと自分も腰を下ろすような想像をする。
その場の空気、上司の声の温度、彼女の心臓の鼓動——
その世界を、自分の中に映し出してみる。
すると、不思議なことに、ただの「つらかった話」が、
彼女の一日や、その前の日、さらにはこれまで積み重なった日々まで含んだ
大きな物語として感じられてきた。
それは、私が彼女になるわけでも、感情に飲まれるわけでもない。
彼女の世界を一緒に歩きながら、自分の足で立ち続ける感覚。
——これが「共感」なんだ、と胸の奥で小さくうなずく。
話し終えた美咲さんは、少しほっとしたように笑った。
私はその笑顔を見ながら、心の中でそっと思った。
「感情移入する」って、ただ自分の経験と重ねるだけじゃない。
相手の世界の空気を、自分の肌で感じようとすること。
それが、本当に人を支える「聴く」ということなのかもしれない——。