このお雛様、みんなの知ってる飾りと違いますよね?
実はこのタイプが明治時代のおひなさまとしてポピュラーだったんですって。いまは段飾りが一般的でしょ。でも当時は、おだいりさまとお雛様は御簾の奥にはいっていて、お姿見えなかった。そういうものだった。
で、よく見て欲しいのは、人物構成。この方達は、五人囃子をのぞき、すべての方が(血筋も良い家の)公務員なんですって。
特別な技芸を持つ民間人として宮中によばれることがあったのは、五人囃子くらいだった。ひな祭りというのは、その殿上人の世界をひなかざりで再現していたので、もともとはこのような漆塗りの立派な殿中があって飾られていたもんなんですって。
ところが、明治以降は天皇崇拝や天皇信仰につながるということで、(だって明治政府の役人たちは、血統としては最低ですから)自分のコンプレックスを刺激しないように、このタイプの雛飾りを禁止し捨てさせたんです。
そのためにこれを作れる高度な技術をもつ職人もきえてしまったのだそうです。
偶然にも幻のおひなさまをウチが持っていたので本来のものをお見せしました、とこのおひな飾りをみせてくださったお寺のご住職がおっしゃっていました。
そんな事実も東京では耳にしたことすらなく、お雛様もみなくなりました。関西では、足を運べば、このようなものがまだ見れるんで、関東と関西の教養層は、庶民レベルから日本の歴史に関する教養レベルが全く違います。
書類には残されないけども、関西には口伝、そして生活の中の伝承が残っているからです。
しかし3月は、おめでたい月のようでいて、実は日本にとってとても悲しい月です。
それは、1945年3月10日に東京大空襲で10万から30万と言われる市民がアメリカ軍に虐殺されたこともそうですし、2011年3月11日には東北大震災で津波を起こされて多くの市民が亡くなり、1945年3月12日未明には、米軍のB-29爆撃機約200機の名古屋市へ大規模な焼夷弾攻撃(名古屋大空襲)で約10万人が被災し、死者519人、家屋2万5千棟以上が焼失。1945年3月13日の深夜から未明にかけ、米軍の爆撃機「B-29」274機が大阪の空を埋め尽くすように飛来し、1733トンもの焼夷弾を投下。 この「大阪大空襲」は被災家屋は13万6千戸を数え、約4000人もの命を奪ったからです。
毎日、莫大な日本国民が死んだ月なんです。
私たちは戦後生まれて、地震以外は、その歴史を直接体験していません。
そして、その慰霊を真剣に国をあげて、国民全員でやることはありません。
そんなことをやればアメリカの怒りを買います。私たちはアメリカの属国のままだという証拠です。
今、日本人としての自分を正面から見据えなくてはいけない時だと思うんです。これ自体が、国という意識を希薄にされ、アイデンティティを奪われた民族の姿なんです。第一攻撃は、まさに討幕でした。イギリスの支援を受けた明治政府というテロリストが樹立した日本政府の存在から始まっていました。
その新たな支配にあたってまず奪われたのが、古来からの精神的な柱。宗教、儀礼、伝承された知識や言葉。もとから持っていない人間は、もてるものの豊かさを知りません。だから、そんなものだと思っている。
首都東京は、すべて焼け野原になり、過去の価値観を持つ人たちは焼き払われました。
そしてその後、この人工都市に作られた世界は、まさに生き物として異常な世界でした。資本主義の名の下に、金至上主義、成果主義、全体同調主義、個人だけが得する世界が推奨されてきました。テレビ局が流す価値観が総意のように錯覚する世界が生まれました。
その結果、自殺者は毎年3万人近く。
3万人近くの人間が、生きる意味を見失い、毎日が苦しい。
自分の生きがいを生み出す仕事においては、組織内ハラスメントが横行し、弱いものが強いものに搾取される経済世界が出現しました。
今、日本人に問われているのは、アメリカの都合よく占領されたまま、これをそのあとも続けたいですか?という問いだと思います。
本当の歴史を知る人間がもう関東にはほとんど残っていません。
薩摩藩、長州藩、イギリスと明治政府とアメリカGHQが徹底破壊につとめてきた、戦後日本社会。
私たちは無力のまま、非支配層として、民族としての命を終えるのでしょうか。
しかし、まだ希望はあります。とんでもない世の中の惨状が耳に入るたびに、うちひしがれそうになりながらも、そんななかで同時に勇気づけてくれている存在があります。
それが秋篠宮家悠仁様とそれを支える黒田清子様たち。
とある宗教団体の支援で皇室に入り込んだ民間出身女性皇族の方々が日本の伝統や歴史を終わらそうと水面下で画策し、公務ボイコットしながら工作活動していらっしゃるのに対し、毅然と一線を引き、日本を守ろうとしている。
私は皇室の方々の宿命を通して、その双方の立場の違いを見るのです。
おひなまつりは、天皇の世界と庶民の女の子の幸せをつなげるお祭りでした。
戦争の惨禍をとおして、あの時、多くの国民が天皇に裏切られた、と思いました。国民は利用されて、打ち捨てられた、と深い悲しい傷を信頼関係の中に負いました。
とある皇族母子は、この国を象徴する立場にありながら、自分の関心のあるお遊びでしか京都に来ません。そうしている間に、国はどんどん侵食されています。京都の小学校にも、日本語も全く話せず、コミュニティにも入り込むつもりのない外国の子供が次々と入学し始めています。
移民は京都の土地を買い、投機にはしり、景観条例を曲げてきます。
でも一方で、平安神宮の130年に際し、忘れずに秋篠宮家がきてくださったり、京都が護りつづけている古い日本の伝承知識や工芸知識の保存をされている方々を労いに、悠仁様がお忍びでよく訪れてくれているのを目の当たりにして、私はまだこの国は終わってない、と心の中で思いました。
ひなまつりの飾りをながめながら、この国を永らえさせようと人生をささげてくださっている皇室のまごころを私は信じたい、と改めておもった1日でした。やはり、いろいろな過ちがありながらも皇室が軸にあるから、日本は日本の体裁を保てるのだと思いました。元の日本社会へ、戻りたい。
確かに、科学の進歩によって、技術的に可能な範囲が広がり、そういう意味で物質的に豊かになった良い側面はあります。
だから、そこからあえて命の循環に敬意を払っていた日本人のこころに、全員がもどったら、もっとよい日本になる。
福祉がちゃんと動き、シングルマザーが貧しさで子供と心中しなくてよい世の中になる。あやまった日本人らしくない価値観に巻き取られた毎年3万人は、世の中の善意や安心感に希望をもつことができ、死ななくても良くなるのです。自分が無能でも、何もできなくても、生きているだけで貢献している。お天道様に生かされている。それを信じられる社会が、日本のあるべき価値観の社会だったからです。
それを秋篠宮のご公務の中に垣間見ることができます。
また、一般の方々からよせられる証言を聞く中で、秋篠宮の家の方々の公務の忙しさや大きな役割を知れば知るほど、私の大変さとは比べ物にならない、とかんじることがあります。
今、日本は、天地を分けるような分岐点にいるとおもいます。
できれば、物質至上主義をもう卒業する日本であって欲しい。
どの流れにむけて、流れていくのか、ひとりひとりもう心は決まっているでしょう。今年、ひとりひとりに必要なのは、禊、なのではないかと改めて思うのです。自分の人生をどのように全うするのか、自分が自分に満足できる生き方ができるかどうか、それが大切な気がします。