壊されてきた日本の精神世界
このお雛様、みんなの知ってる飾りと違いますよね?実はこのタイプが明治時代のおひなさまとしてポピュラーだったんですって。いまは段飾りが一般的でしょ。でも当時は、おだいりさまとお雛様は御簾の奥にはいっていて、お姿見えなかった。そういうものだった。で、よく見て欲しいのは、人物構成。この方達は、五人囃子をのぞき、すべての方が(血筋も良い家の)公務員なんですって。 特別な技芸を持つ民間人として宮中によばれることがあったのは、五人囃子くらいだった。ひな祭りというのは、その殿上人の世界をひなかざりで再現していたので、もともとはこのような漆塗りの立派な殿中があって飾られていたもんなんですって。 ところが、明治以降は天皇崇拝や天皇信仰につながるということで、(だって明治政府の役人たちは、血統としては最低ですから)自分のコンプレックスを刺激しないように、このタイプの雛飾りを禁止し捨てさせたんです。そのためにこれを作れる高度な技術をもつ職人もきえてしまったのだそうです。偶然にも幻のおひなさまをウチが持っていたので本来のものをお見せしました、とこのおひな飾りをみせてくださったお寺のご住職がおっしゃっていました。 そんな事実も東京では耳にしたことすらなく、お雛様もみなくなりました。関西では、足を運べば、このようなものがまだ見れるんで、関東と関西の教養層は、庶民レベルから日本の歴史に関する教養レベルが全く違います。書類には残されないけども、関西には口伝、そして生活の中の伝承が残っているからです。しかし3月は、おめでたい月のようでいて、実は日本にとってとても悲しい月です。 それは、1945年3月10日に東
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