スピリチュアルの功罪

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 若い人はわからないかもしれないんだけど、スピリチュアルの流れをたどると日本では、2000年のミレニアムの前後数十年に、一気に多次元世界への関心が非常に高まったの。あの頃は宇宙人やノストラダムスの大預言の成就?なんかもしょっちゅう特集された。
 多次元世界というとさ、それまでは低次の四次元世界しか取り扱わなくて、そういう世界というのは誰も真面目に取り扱わなかったんだよ。宗教、オカルト、エンタメ、貞子w、月刊ムーとしてあつかわれていたんだよね。

 ところが、徐々にテレビも多次元世界の扱いを変えて、あの世の世界がどんどん美しいイメージに変えられていった。オーラの泉の放映が始まったのもそんな頃。江原啓之さんが下町育ちだったこと、美輪明宏さんが魑魅魍魎の異常世界をかいくぐって、芸能界に君臨し続けたその年季の入ったお話とともに、このお二人の人情と経験値にもとづくスピリチュアルの世界は多次元への手がかりになって多くの人たちの意識を変えていったんだよ。

 今は、並木良和さんが、次の世代のスピリチュアルを担って、さらに宇宙意識を含めた高次の世界の知恵を3次元世界の人間に伝えていてスピリチュアル・カウンセラーとして活動している。そして、それまで言語化できずに孤立して国内に点在していた霊的感性の高い人たちが、自分の過敏性や霊性とどう理性的に付き合えば良いのかどうかを確認するポータルサイトみたいな形にもなっている。

 ただね、スピリチュアルといってもひとくくりに全部同じではなくて、やはりどれくらいの深度でそこに関わるかはひとによって違うから、並木さんがフラットに伝えたこともかなり誤解されて理解されることもあるんだよね。
江原さんの時代もそうだったと思う。

そのうちの一つがね、やっぱり前世に関しての誤解だよね。
殺人で死んだ人は、過去生で殺人を犯したカルマで今世は被害者になった、とか、因果応報に対する誤解だよね。

例えばさ、自分の家族が殺されたとするでしょう。
そうした時、スピリチュアルカウンセラーの人がこのひとは過去生で誰かを殺したからそのカルマなんです。とか、戦争は国のカルマですから。とか。
前世療法とかでも出てくるけど、差別に苦しむのはその前世で人種差別してきたからだ、って相手にいったとしたらだよ、
果たしてそのひとって救われる?
じゃあ、その報いなの?って余計に苦しむだけなんだよね。

正直、いらない知識じゃない?

だからって、家族はかえってこないし、苦しみは癒えない。
だからそんなことをスピリチュアルカウンセラーやそういうのに傾倒した人たちは、知った風に簡単に言ってはいけない、とわたしは思うの。
そういうのは、スピリチュアル以前に常識的な話だと思うしさ。
傷に塩を塗るだけだからね。

だから、正直、過去生のことをもちだすのは、圧倒的に霊的パワーを持つ人から、霊的世界が見えない人たちへのハラスメントで卑怯だな。...って、わたしはずっと思ってきた。
だから、前世を平気で持ち出す人が嫌だったし、自分もあること自体はわかるけれどもそこに価値を見出さなかったんだよね。

 算命学にもカルマというのは、学問の概念として存在してるの。
三業干支とか、因縁法がよく取り上げられるけど、それだけがカルマじゃないんだよ。宿命は遺伝する。それだって、カルマの一種と言える。
 でもね、そのカルマをまるで罪とか罰とかそういう風に語る鑑定者がいたら、それはちょっと違うとおもうんだよね。

 人間というのは、肉体を持ってる。
この肉体は、知性を持ってる。
 究極にいえば、このエネルギーが自分の肉体を生かしていくエネルギーなのか、それとも自分の肉体を縮小させていくエネルギーなのか、肉体はちゃんと反応するっていうことなんだ。それを応用させたのが、オーリングテストはじめ、いろんな筋反射テスト。整体治療の世界ではいまや当たり前に使われている。

臓器にも固有の周波数があって、意識が異常を起こして、その周波数が維持できなくなったら、臓器が正常に働かなくなってくる。連動して他の臓器の場所にも支障が出てくる。ドミノ倒しのようになってきたりする。意識の周波数と肉体の周波数もコミュニケーションを取っているからなんだ。

 肉体を継承したグループという意味での家族というものは、全員と協調して生きていこうとする中で、何百年も続く中で代替わりするごとに意識の使い方がだんだん偏ってくるわけよ。会社で言えば、企業文化みたいなやつ。

大きくいえば、村の風習だってそうじゃない?
昔の村は、自分が村の一員だって構成員全員が連帯感を感じられるように、祭りを行ったり、独特の決まり事や考え方を生んでいった。

そういう意識の偏りみたいなものが生まれていくと、ある時点でその意識の癖は濃縮されたエネルギーになっていくんだよね。意識は、気。意識はエネルギー。肉体を動かしていく上で、何かに集団意識がひどく偏れば、肉体にもその肉体を動かす個別の意識にも変調をきたす。

だから、自然界はそれを中庸に戻すために、よどんでしまった肉体の一族からその偏ったエネルギーを中和させたり、取り除いたりしようとして、調整を図ってくる。その一族をなんとかして、その先の未来につなげようとしてくるの。人氣(人の気)の世界には、そういう、エネルギー的なホメオスタシス(恒常性)っていうのがあるんだよ。

 だから継承してきた一族の肉体を良い形で先につなげつづけるために、その一族に生まれた家族はそれぞれがそれぞれの持ち場立場で自分の宿命を受け取って、(その生き方の逆張りをするんじゃなく)、その流れにのって、自分の与えられた枠組みのなかでの最高を目指す必要がある。
 それが、算命学でいうところのカルマの受け取り方なんだよね。自分も繁栄し、肉体の一族も繁栄するプランを進むことで幸せをつかめる。

あなたは、一族全員を生かすために、エネルギー的な制限をかえって追い風にして
「おう、俺にとっちゃ、ちょうど良いハンデだぜ。」(←キャラは、なぜかキングダムの信w)
って、手を上げて、その肉体が伴うカルマを引き受けることを承諾し、そのお礼としてこの肉体を受け取って、地球に生まれたんだってことだよ。

だからね、自分の魂のテーマがあるとともに、肉体が繋いできた肉体のカルマのストーリーもあって、生きる上でどうしても双方のそのテーマを一緒に解決する必要があるんだよね。したがって、人生計画図には、カルマと学びをコラボさせてある。
 生前に自分の親になる魂たちとも話し合ってて、そのテーマが互いの魂の成長とうまく連動するテーマだからこそ、その家系に自分がうまれてきたっていうことなんだよね。

 だからカルマっていうのは一般のスピリチュアリストが語るような、罪と罰みたいな単純な話ではないわけよ。だからこなすのが大変な全中殺や生かすのが大変な完全格とかもそうだけど、まるで肉体由来のカルマが圧縮されているかのような、そういう人が生まれやすい一族の終わりの頃や、逆に家系の興隆の時には、ちゃんとそういう3次元環境に適応できる経験値の高い魂や、次元の高い魂がその家系に生まれてきているはずなんだよ。そして、徳を作ってくれたり、たまってしまったよどみを光の強い魂が浄化を請け負って、綺麗にして地球を去っているわけ。

 したがって、この3次元で「あの人本当に不幸つづきでなにか前世で悪いことしてきたんだわ」って指を指されるようなどん底の環境の人間が、実は強くて光の強い魂の人間であったりする。(ちなみに低い次元の環境で、低い次元の魂が生きている場合は、自分本来の次元との乖離がないので、それほど悩まない。)
 悩むってことは、高い次元にいた頃の自分を知ってるから、「わたし本当はこんなんじゃないはず!」って、悩むわけよ。
そしてそう悩みたくてわざわざギャップのある環境に生まれてきた。
そこから立ち上がるストーリーを生きたいからね。魂が描いているのは不死鳥のように蘇りたいストーリーなわけよ。だからそう生きるべき。
 一方、年若い柔らかな魂は、ハンデがきつすぎるとすぐに潰れてしまうので、普通命式の、むしろ恵まれた宿命で生きている人たちも多いよ。それでも魂が弱いので環境を陰転させてしまう人が多いけど。でもね、そのひとがなにか良いことやったからそうだってわけでもなく、そのひとにはそのハンデがちょうど良いからそうしているっていうだけなの。

 そうすると、3次元世界の幸不幸って判断しきれないと思わない?
誰が優れているかって、もう関係ないし、一方見では判断がつかない。多次元的な高い視座がいる。だからジャッジメントをすることには、まったく意味がないんだよね。善悪・優劣を決め付けられないものがあるってことだよ。
ただ、言えることは、みんな自分なりに自分のペースで頑張ってて、自分の人生をよりよくしようとチャレンジしてきているんだってことだよね。
そしたら、世の中、誰もダメな人なんていないじゃん?
もうちょっと頑張れるのに、魂が手抜きしてる人はいるとしても。
(そんときは、私ももうちょっと頑張れるでしょ、って厳しいこと言うかもしれないよ。)

ごめんねw、ここまで聞いても一般の算命学を学んできたひとには、はぁ?...って感じかもしれないんだけどさ、自分のガイド・スピリットが教えてくれる源流の実学算命学はとにかくそういう世界の考えに基づいたものなの。
だから、現代算命学とはちょっと違うよね。w

でもね、あまりに淀みが強い場所に生まれてしまうと、いくら光の強い魂でも、周りが見えなくなるし、自分のことも疑うようになる。
本来の計画を全く忘れてしまって、カルマをさらに作ったりして、終わらせてしまう魂も中にはいる。自暴自棄になった挙句、その一族を終わりにするような大事件を起こしてしまったりとかね。

カルマを作らなくても、これ以上はちょっと無理、と先のことを考えて、自死という形で、カルマを引き受けて地球を離れる魂も出てくる。それ自体をすでにきめてうまれてきた魂もいるにはいる。
でもね、本当は大丈夫なはずなんだよね。

どんなに大変な人生であっても、魂はそれを乗り越えられるとふんだから、そこに自分が生まれてきたわけなので、自分がこの先を生きる!って決めたら、必ず道は拓けてくる。終わりにするか、先を生きるのかも自分が決めているってことなんだよね。運命が自分を殺しにかかっているわけではないってこと。

多くのスピリチュアルカウンセラーや自分みたいな存在は、そうした光の魂たちに今おかれている状況をナビする役割なのね。
どの魂も生まれた途端、記憶を忘れる。自分が決めてきたこと、ごっそり忘れる。気がついたら、闇の中におかれている自分。手がかりがないままだったら、それにどう立ち向かえばいいか、わかんないでしょ。

光が強くても、どう発揮して良いのかわからない。
だから、知る必要があるんだよ。現在地をね。
魂は光でできている。光そのものがあなたなの。

だから、自分の光以上に高次な光はないの。
どんな3次元の闇もね、自分の光はそれを溶かしていくことができる力を持っているんだよね。だから、「それって傲慢じゃない?自分はそんな光の存在じゃない」って思わせることが闇の企みな訳。発揮されたら困るからだよ。
闇がやることっていうのは、すべて一つに繋がってる。

信頼を壊すことなんだよ。

スピリチュアルカウンセラーたちが良く言う「分離」って、意味がわからないだろうけど、この世の言葉に直したら、人と人との信頼をぶち壊すこと。
信頼は、ひととひとをつなげる。平和と調和を作り出す。居場所を作り出す。自分のも他人のもうっかりの間違いを許す。

だから闇は、信頼をぶち壊すようなことを、いろんなところで行う。
最初は、親子の間にある愛の信頼関係をぶち壊す。その次は友達との親愛の信頼関係をぶち壊す。そして、恋人、異性との信頼関係をぶち壊す。人種問題、国の問題、すべての根っこにあるのは、「信頼関係を壊す」というキーワードにつながるんだよね。

だから、人は本当の信頼関係をもとめて、飢え渇いて、今現在信用できるものに繋がろうとするんだよね。お金だったり、血族だったり、宗教のグルだったり、ホスト、外的美しさ、自分よりも知恵者であったり、権威者だったりね。
そしてそれがアディクションになっていくの。
ようするにこれがないと生きていけない、みたいな絶対的なものを自分の外側に作っていく。不安だからね。

でもね、そんなことでは、分離の痛みは消えないの。
なぜなら、自分が自分との間で、信頼関係を育んでないからなんだよね。
「俺はお前を信じる。」って自分のハイヤーセルフ(高次の自分・自分の良心を圧縮したような存在)と誓い合って、その関係の中で誠意をつくさないからなんだよね。人間は、この世界の分離に慣れてるから、なかなか難しいよ。そうは言っても。

でも、ちょっとづつでもやっていかなくちゃならないんだよね。
自分が自分と繋がりあった時、次元を超えた光とつながる。
その高次の光は、自分を取り巻く闇を溶かす力になっていく。
魔法のような話をしていると思うかもしれない。
でも、高次世界を認識している人たちには、自明の事実なの。

今徐々に、エネルギーフィールドについての理解が広まりつつあって、医療の世界でも波動や音などを利用した情報医療が世界的にあたりまえになってきている。レメディーなどは、インドやイギリスでは保険がおりる医療なんだよ。

だから、カルマを恐れる必要はないし、カルマを特別な目で見る必要もないんだよね。ただの自然法則なの。肉体を取り巻くエネルギーフィールドにある、偏ったバグ情報を自分が修正しているだけ。そんだけの話なの。

でね、なんでこんなことを書きたくなったかというと、この間、並木さん関連の動画のyoutubeの書き込みを見たからなんだよね。

”こんなことがあってはいけないって、いままでは虐待された子のことをおもって泣いたり、その親に怒ったりしていたけど、並木さんがそういう子たちも前世では虐待していた側なんだよって言っているのをきいて、それ以来そういうニュースを聞いても動じなくなりました。自分もやったんだから、当然でしょって、冷たい目で見るようになりました。違う視点で世界が観れるような知恵をもらえてよかったです。”

っていうような内容が書いてあったの。
私はね、その時に「それは違うんだよ、だからスピリチュアリストたちは前世を持ち出すべきじゃない」って思ったんだよね。

まさにこの考え方の中に、カルマなんだから当然じゃん=罪と罰みたいな、自分のケツを拭いてるだけじゃん....っていうジャッジメントが入ってるわけなんだよね。もう、それが善悪でものを見る二極化の考え方な訳。

単純な話なの。もし、自分が虐待されている子供だったらさ、それに気がつかない大人たちに何をしてほしい?
「あんたもやったんだから、虐待されて当然でしょ」って冷たい目で見られたい?そして、その子達は、当然だって思って死ななくちゃならない?

わたしは違うと思うんだよね。
自分も魂としてそういう人生を過去に送ってきたことがある。ならば、虐待する側、虐待される側、両方の置かれた立場がわかる。誰が悪いかとか犯人探しをする必要はなく、すでに両方体験した魂だからこそ、そういう状況を作らないために自分が近くにいたとしたら、どうしたらいいのか、ということが思い切りわかるはずなんだよね。

そして直接の関わりがなくても、世の中にはそういう子たちがいるかもしれないんだと思ったら、自分ができる範囲で何が世の中をよくするのかってそこで立ち止まって考えるし、なんでも良いから行動に移すと思うんだよね。
ちょっとだけ、の社会運動ね。
 子育てにいきづまっていそうなお母さんがいたら、ちょっと息抜きに誘ってみるとか、仲がよかったら、「映画でも見てきなよ」って子供を見てあげるとか、そうした些細なこと一つだと思うんだよね。

それが愛ってもんじゃないのかな。

過去生で悪いやつだったとか、虐待する奴が悪いとか、そういうことは正直どうでも良いことなの。そして、そういう事件や社会問題が発生するということは、一人一人の意識が集合意識を作っているわけなので、個人の現実であるとと同時に全員でつくりあげた現実なの。

 社会問題というのは、自分の意識世界が展開されているのとおなじことなの。だからね、その人がニュースで聞いた虐待事件は、外で起きてることではなくて、自分の意識の中にある暗い一点でもあるわけ。

そこを光に変えていく、その子のために祈ることもそうだし、虐待を犯した魂のために学びがすぐに進むように祈ってあげることもそうだし。どちらの魂もこの先、また光に向かって成長していくんだなって信頼していくことだと思うんだよ。
そういうのが、分離と真逆の世界を作っていくわけなの。

並木さんの話を聞いていると、視座を下げて極端に解釈すると、他人はどうでも良い、っていう風に聞こえる。全ては自分です。って。確かに物事は自分が作っているし、過去も現在も未来も自分起点なんだよ。

それは、人のせいにしたり、環境に受け身になって被害者意識で生きている人たちに向けて発して言っていることではあるけど、だからといって自分は幸せだから良い、と現状、自分の闇と戦っている他の人たちを自分の視野から消すことが悟りではないと思うの。

世の中のネガティブなことはたくさんあるけど、それを自分の意識世界の中で起こっていることだと自分起点で思えたら、自分の意識の中の共振部分を癒していくことで、世界からその現実は実際にだんだん消えて無くなっていく。

自分を行動で愛すること、自分に光を送ること、それが地球全体を底上げしているんだっていうことなんだよ。それが、風の時代に移行して、癒しが始まった地球の目指している動きなんだからさ。

誰が悪い、良い、という責任追及は関係ないの。
だれもがわたしは光なんだと気がついて、誰にも遠慮せずに輝けるように、自分が決めてきた最高の自分を生きることなんだと思うんだよ。もしそれを邪魔するものがあるなら、その低い波動を落として進んでいくこと。
社会問題ごと自分の意識のなかで光に満たす。
それ自体が、地球への大きな貢献なんだよ。

あ〜また、長々と変なこと言っちゃった。w
でもね、自分もプロファイリングしてて、鑑定書の中でカルマって言葉を最近よく使う。誤解を受けたら嫌だから、もう、先に言っておこうと思って。

意味わかんなかったら、わかんなかったでいいので、もう読み飛ばして。w
 自分もさぁ、人間生きてる以上、そんなに出来た人間ではないと思うよ。
だから、原理がわかっていても、それが完璧に出来てるかっていうと、やっぱり間違いも犯すと思うし、やってることがずれたりもするかもしれないんだけど、宇宙法則っていうもんはあるのでそこに沿いたいとは思ってるよ。
 だから、偉そうに言ってるように聞こえるかもしれないけど、そういう気持ちはないからね。原理原則を語ってみたということ。
 とりあえず私のガイドスピリットはそう言っているし、自分も「ああそうなんだ」って思ってるからさ。
 長々と書いたけど、「愛」ってそんな感じ。

だから、スピリチュアリストのいうことをちゃんと立ち止まって、「そうなのかな?」って、考えてみることも必要だよ。
自分の良心(ハイヤーセルフ)と一致するかな?って。

この移行期間、地球のスピリチュアリストの果たした役割も大きいけど、逆に誤解を生んでしまった部分もあると思う。
わたしたちは彼らみたいな特殊能力を持っていないからこそ、判断に迷うことがたくさんある。私自身も技術者ではあるけど、人格者ではないよ。w
あ〜面倒、誰かこの大量の洗濯物やってくれないかなぁって、子供をうまく使おうと謀略を練るしね〜。

だから、何事も宗教化してむやみに信じることのないよう。
自分が自分の中の宇宙の真実を持ってるんだからね。

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