(梅の時期の5月に書いた文章です)
畑に興味を持つようになってきた。
土を触りたい
育ててみたい
自分で作ったものを口にしたい
生きていく力を身につけたい
虫が苦手だけど、
それ以上に私を突き動かす思いがある。
先週から父と約束していた
畑の梅を取りに行った。
母も同行した。
熟した梅は美しい。
色もフォルムも。
無農薬でたくさん実り、
安心して口にできる。
畑に来ると、豊かさに出会える。
実りという豊かさ
静けさという豊かさ
風をそのまま感じられる豊かさ
その機会が与えられている豊かさ
そして両親と作業を共にできる
とっておきの豊かさ
心からありがとう、と思う。
いつだって与えられていたのだ、と思う。
私がそれに気づくことに時間が掛かってしまったけれど、
与えられていた。
受け取ろうと思う。
受け取りたいと思う。
うまくいかなかった家族関係が
うまくいかないままだったとしても、
そこに豊かさを感じはじめてもいい。
うまくいかない家族関係と不幸をイコールにしなくてもいいことを学んだ。
うまくいかない家族関係に心を痛めているのは、そこにすごく大切にしたい望みがあるからこそ。
望みは、望まないことを経験して、
望みに気づく機会を与えられている。
望みは何なのか?
本当の望みを自覚し、
その望みに向けて取り組むことは、
自分の命を活かすことになる。
自分を生きる
自分軸で生きる
自分を大切にする
そのままを生きる
自分らしく生きる
そういったことができるようになる。
抱えている辛さや悲しさに
向き合える土台が整ってくる。
辛さや悲しさを
そのまま「ある」と自覚できることは、
「自分を知る」大切な通過点となる。
大丈夫。